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第8話 冬支度は計画的に

※天木あんこ様主催の #恋ハグ企画 参加作品です。 天木あんこ様から素敵な表紙も描いていただきましたので、そちらも是非ご覧ください。  微睡の中でぼんやり寒いなとぼやいた。  うっすらと目を開けると、傍にはちょうどいい湯たんぽがある。  俺はもぞもぞと体を寄せて大きな湯たんぽを抱き締めた。   「おはよう」    すると、頭上から寝起きで低く掠れた声が降ってきた。  なんだ、起きていたのか。   「おはよう。寒いね」 「ん、布団から出たくない」 「いいじゃん。どうせ休みなんだからさ」 「だめ。今日は灯油買いに行く約束だろ」 「そうだった」 「な、起きよ」 「うん」    そう言いながら秀人は目を瞑ったまま規則正しい呼吸を繰り返す。  寝起きが悪い秀人は、冬の間はそれがもっと酷くなる。  彼が起きるまで起こすのが俺の朝イチの仕事だ。   「ほら、起きるよ」    体を揺すって、頬をペチペチ叩いて。ようやく目を開けたと思ったら。   「純平、ちゅーして」    これだ。ここで断ったらどうなるか。  俺がキスをするまで「嫌だ、ちゅーして、無理、生きていけない」と布団を抱き締めながらゴロゴロとベッドを転がり駄々を捏ねるんだ。    それを見るのも可愛いくていいんだけど、起きるには少し遅すぎる時間だ。  今日は色々とやることがある。  早く取り掛からなければ明日に持ち越しだ。  それは何としても避けたい。    俺はそっと身を屈めると、寝起きでかさついた唇にキスをひとつ落とした。  秀人はふにゃりと笑うと「よし」と気合を入れて起き上がった。    二人でベッドから降りる。  床は氷のように冷たく、すぐさまスリッパを履いて寒さ対策をした。  そして、布団の中で温めていたお揃いのパーカーを羽織り、交互に洗面台を使って身支度をした。    洗顔でしっかり目を覚ますと、俺は納戸からこたつ布団とカーペットを引っ張り出し、透明なゴミ袋に入れて玄関先に持っていく。  そして、玄関の隅に置いてあった赤いポリタンクも忘れないようにその横に置いた。  それが終わると再び納戸に戻り、奥になおしておいた石油ストーブをリビングに持っていく。  覆い被さっていたビニール袋を外すと、今年の春先に雑巾で拭いて綺麗な状態のままの姿を現した。  この冬もストーブが大活躍することだろう。    その間、秀人は昨日の晩御飯の残りである揚げ豆腐のあんかけをレンチンし、インスタントの味噌汁を開けてポットのお湯を注いでくれた。  ほかほかに炊けた白米を茶碗につぐと、手抜き朝ご飯の完成だ。   「純平お疲れ」 「おう。秀人も朝飯の準備ありがとう」 「どういたしまして」    二人揃って食卓に着き、温かい朝食を食べていく。   「コインランドリー、スーパー、ガソスタ、そんでコインランドリーでいいよな」 「ああ。昼飯どうする?」 「おい、今朝飯食ってんだろ。昼飯のことなんか考えられるか」    今は朝の十時半。  ブランチと言ってもいいくらいなのに昼飯ときた。  大体、外の予定を終わらせて帰ってくる頃にはおやつの時間になっているだろうに。   「考えられるって。俺、唐揚げがいい。中川精肉店のやつ」 「はいはい。道順的に最後だな」    俺は行き先を頭にインプットしつつ、出汁が染み出す揚げ豆腐を咀嚼した。  *  可愛らしいフォルムの軽自動車にいい歳した男二人が乗ると、側から見ればシュールな光景に違いない。  でもいいのだ。  俺はこの軽が気に入っている。  なんたって一目惚れして買った愛車だからだ。    その後部座席を倒し、荷物を乗せて車を走らせる。  まずはこたつ布団とカーペットの洗濯だ。  家からそう遠くないコインランドリーに行き、大きな洗濯乾燥機に二つとも入れ込む。  硬貨を投入しコースを選択すれば、あとは終わるまで待つだけだ。    その間にまた車を走らせ、今度は激安スーパーへ。  週に一度の買い出しで日用品と食材を買い込む。  ついでに晩酌用でお気に入りのクラフトビールをしれっと籠に入れると、秀人から無言の圧力をかられた。  なんだ、秀人も飲むくせに。    次に向かったのはガソリンスタンドだ。  急に冷えたから、考えることは皆同じ。  ガソリンスタンドは灯油を買い求める客の車が道路にはみ出していた。   「げ、混んでるな」 「しょうがないよ。急に冷えたんだから」 「夏夏夏、秋? 冬! て感じだもんな」    その列に行儀よく並び、順番が来ると俺は愛車にご飯を食べさせ、秀人はポリタンクに灯油を注ぎ込んだ。  ここでは中々の時間をロスした。    再びコインランドリーに戻ると、ちょうど乾燥が終わったタイミングだった。  ほかほかふわふわのこたつ布団とカーペットを抱えて車に戻る。    最後に秀人リクエストの精肉店に寄り、特製唐揚げ十個入りをお買い上げ。  ここの唐揚げはニンニク醤油で漬け込まれていて食欲を唆る。  その匂いを嗅ぐだけで、腹の虫が高々に声を上げた。    帰宅すると、まずは食材を冷蔵庫に入れる作業だ。  大きさや食材の固さによって冷蔵庫に詰めていく順番を決める。  この作業は意外と好きだ。    それが終わると、ソファの前に敷かれたカーペットの上にこたつを置こうとする秀人を手助けし、ふわりとこたつ布団を掛けて天板を上から置く。  コンセントを挿してスイッチを入れ、その上に籠に入ったみかんを置けば完成だ。    あとは石油ストーブの準備だ。  面倒だからと電動の灯油ポンプを買ってみたが、これは当たりだった。  カチッとスイッチを入れるだけであっという間に給油できる。  中々に便利だ。  タンクに灯油を満タンに入れ、石油ストーブに収めて二十分。  大きなつまみを回すと、ビーッと音がして火が点き、ボボッボボッと断続的な音を立てながら燃焼筒が赤く光り、じんわりと広がる熱が部屋を温めていく。  その上に金色に光るやかんを置けば情緒ある冬の光景がそこに現れた。    秀人が嬉々として温めた唐揚げと山盛りの白米、スーパーで買ったグリーンサラダとクラフトビールをお盆に乗せてやってきた。  こたつの上にそれを広げていざ食べようとした時だ。   「なんで俺の前に座るんだ。横でいいだろ」    俺が陣取ったのは、こたつに入っている秀人の足の間だ。  秀人の両足の間に体を滑り込ませ、すっぽりと腕の中に収まる。  秀人はアスリート並みに体格が良く、標準体型の俺との体格差はエグい。  どのくらいかというと、俺の頭頂部に秀人の顎がつくくらいだ。   「寒いからいいじゃん。ほら」    そう言って、俺は秀人の腕を体に巻き付ける。  こうなったら秀人はされるがままだ。  秀人は俺をを優しく包み込んだ。  うん、いい感じ。  前はこたつ、背中は秀人に温められる。  二つの熱源のおかげで体が温かい。   「いいんだけどさ。これだと食べにくい」 「それはほら、頑張って」 「頭の上に溢しても文句言うなよ」 「大丈夫。俺は秀人を信じてる」 「はいはい」    クスクスと笑いながら、ビールのプルタブを開けて乾杯する。   「冬支度、お疲れさま」 「これで今年の冬も万全だな」    こたつで温まりながらキンキンに冷えたビールを昼間から飲むって中々にギルティだ。  あと、こたつに入って食べるアイスもな。    撮り溜めしたドラマを消化しつつ、唐揚げを平らげていく。  最後のひとつを口にしていた時、俺はあっと声を上げた。   「どうした?」 「加湿器出してなくない?」 「あ」 「あと、毛布生地のシーツ」 「そういえば去年買ったな」    完璧だと思っていたが、はたと気付くとやり残したことが次から次へと思い浮かぶ。  エアコンも掃除しなくちゃいけない。  今日中にすべてをやるには時間が足りなさそうだ。  それに、ビールも飲んでしまった。   「もう明日で良くない?」 「いいんだ?」 「何が」    眉を寄せる俺に、秀人は少し屈んで俺の耳に唇を寄せた。   「明日、一日中俺が純平を可愛がる予定だっただろ?」    ふぅ……と息が耳に吹き込まれる。  体を巡る血が沸騰し、指先から融解していくようだ。  俺はきゅっと唇を噛み締めると、こたつに頭を打ち付けた。   「クソっ馬鹿っ鬼畜!」 「ふはっ。な、今日全部終わらせよう」    ぽんぽんと俺の頭を撫でる秀人は、俺の扱い方をよくわかっている。  明日のために俺が必死に冬支度をしたのは言うまでもない。

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