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第25話 ジャックオランタンの食事事情

 半月よりも少し太った月は、満月ほどじゃないにしろ、部屋を照らすには十分な光を放っている。  ヘトヘトになった僕は、ぼふりとベッドへダイブした。 「僕、おばけ失格だ……」  今日はハロウィン。  魔界と人間界が繋がる日。  普段は魔界にいる僕たちおばけは、人間界に行き、彼らの恐怖を食べるんだ。  でも、僕は人間を怖がらせるどころか笑わせてしまう。  全ては顔のせいだ。  僕はジャックオランタン。  他の皆は、かぼちゃに怖い顔が彫られている。    でも、僕の顔は怖くない。  垂れた目に、ヘロッと力なく吊り上がる口角。  どこか情けない顔の造形は、悲鳴よりも笑い声を響かせてしまう。    昔はまだ怖がってもらえた。  でも、今はどこに行っても「可愛い仮装だね」とクスクス笑われてしまう始末だ。 「本物なのに……」  こうなったのも、人間がハロウィン仮装なんて始めたせいだ。  おばけと同じ姿になるなんて許せない!  ムキーッと歯噛みしてジタバタしてみる。  でも、お腹は空いたまま。  魔界と人間界の道は間も無く閉じる。  力があるおばけは自分で道を作ることができるけど、僕みたいな弱小にそんな力技はできない。  人間の恐怖を食べにいくことはできないんだ。 「お腹空いた」 「なら、俺が腹一杯にしてやるよ」  僕の呟きに応えたのは、壁をすり抜けて現れたゴーストだ。  ぼんやりと白く発光した体は透けている。  顔の造形は彫刻のように整っているけど、全身血みどろだ。  美しい顔が狂気に支配されると、人間たちは恐慌に陥り、おばけたちはうっとりと酔いしれる。  彼の生前の二つ名は「殺戮王」  名は体を表すとはよく言ったものだ。  血みどろな姿はまさしく殺戮という言葉を嫌でも教えてくれる。  人間の恐怖をたくさん食べたからか、ゴーストはいつもより凄みがある。  溢れ出る冷気も五割り増し冷たい。  いいなぁ。  僕も、自力で人間の恐怖を食べてみたい。 「腹一杯って……。ダメですよ。ハロウィンの恐怖は特別なんですから」  そう、ハロウィンの夜に食べた恐怖は一年の中でも特別だ。  一段と魔力を帯びた恐怖は、それを食べたおばけを強くする。  そうして、魔界での格を上げるんだ。 「だからだ。このままだと、お前が消滅してしまう」 「それは……ッん、む……」  ゴーストの冷たい手が俺の顎下を掴み、やや強引に上を向かせられると同時、冷たい唇が押し付けられる。  薄く開いていた唇の隙間から、ゴーストの舌が潜り込んできた。  そして、流し込まれたのは唾液ではなく、極上の恐怖。  美味しい。  甘くて、蕩けて、もっともっと食べたい。  僕は欲望のままに舌を絡めた。  ゴーストと触れ合っているところは凍るほど冷たいのに、恐怖が流し込まれている腹は熱い。  ぐらぐらと煮えたぎる熱が全身を巡っていく。  ああ、でも駄目だ。  このままだと、またいつもみたいになってしまう。 「ゴー……スト、ん……ぁ、まっ……て……」 「何故? まだ食べ始めたばかりだろう」 「だって、また……」  ゴーストから恐怖を口移しで食べさせてもらうとき、体が興奮してしまう。  それをゴーストに慰められてしまうという、とんでもない状況に何度も陥っている。  消えてしまいたいくらい恥ずかしい。  だから、今日は自力で腹を満たしたかった。 「駄目なのか?」  少しだけ、ゴーストの首が傾けられる。  その動きに合わせて、銀糸の髪がさらりと流れた。  縋るような瞳には、業火が揺れている。    そんな目で見つめられたら我慢できない。 「駄目じゃ、な……んぅ……!」  言い終わる前に重なった唇。  上質な恐怖が流れ込んでくる。  なのに、噛みつくような口付けをされて、食べているのか食べられているのかわからなくなってくる。  「可愛い。ずっとずっと、俺がジャックに恐怖を食わせてやる」  ニィ、と怖気立つ笑みを浮かべたゴーストを見ると、ぞくりと体が疼く。  僕は食欲と快楽に負け、ゴーストが与えてくれる甘露に酔いしれた。

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