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第27話 革命前夜の旅人
ギーク猫@Nola様の「あなたの誕生日で作る【作品タイトル】」のポスト(https://x.com/assistant_neko/status/2072959638535041321?s=46)で当てはまった作品タイトル「革命前夜の旅人」が大変癖でしたので書かせていただきました。
天幕の隅に置いていた、大きな亜麻布でくるんだ荷物。
その中には、同じく亜麻布で包んだ荷物が小分けになっている。
一つ目は、頻繁に開いているものだ。
パピルスの束。
葦で作られたペン。
木炭と樹脂。
それらから作られたインクで満たされた瓶。
すべて、命よりも大切なものだ。
二つ目は、衣類などの生活必需品を入れているもので、使用頻度は当然高い。
それでも、筆記用具ほどではなかった。
三つ目は、調理器具が入っているものだ。
だが、この天幕に来てから使う機会がなく、たまに手入れをする程度だ。
四つ目は、故郷を出てから一度も開けていなかった。
俺は固く縛られた結び目を解き、十数年ぶりにその中身を眼前に晒す。
青銅で作られた鎧には傷ひとつない。
当たり前だ。
旅立ちの餞別として贈られたものだからだ。
『見聞きしたものすべてを記し、歴史を語り継ぐのが我らの使命。されど……』
嗄れた声がこだまし、郷愁が胸に広がる。
指先で撫でると、死の香りが漂った。
だけど、躊躇いはない。
俺はそれを順番に身につけていく。
「スティリオス。出立は……」
篝火とともに天幕に入ってきた声が途中で止まる。
逆光でも、その顔からすとんと感情が抜け落ちたのが見えた。
彼の動揺が手に取るようにわかる。
予想通りの反応に笑いが込み上げてきた。
「エリオス、いいところに来た。すまんが、これを結んでくれ」
くるりと背を向け、両手を後ろに伸ばして紐を揺らす。
本当は、自分で結べる。
だけど、きっとこれが最初で最後だから、エリオスに結んでほしい。
「何をしている」
地の底から響くような、静かな唸り。
見ればわかるだろうにあえて聞いてくるあたり、相当お怒りのようだ。
「明日の準備だ」
「リュカベットスの丘へ行くはずだろ」
「行かないよ」
「ふざけたことを!」
両腕を背中で拘束され、強引に振り向かされる。
俺の体は、ひとまわり大きなエリオスの腕の中にすっぽり収まった。
必然的に触れる体は、燃えるように熱い。
「大真面目だって」
「お前は『観測者』だ。あらゆる事象を観測し、史実を後世に伝える使命がある。だから戦の前に発つと言っていたではないか!」
観測者。
それは、世界中を旅し、あらゆる事象を記録して歴史を語り継ぐ一族のことだ。
俺はその末席に連なる者で、魂に刻まれた使命は命よりも重い。
それを知っているからこそ、エリオスは怒っているのだ。
無造作に切られた太陽のように輝く金髪が俺の頬を撫でる。
エーゲ海を彷彿とさせる碧眼は、無惨なほどに大荒れだ。
これを宥めるには、一族の秘密を明かす以外に方法はない。
そんな確信があった。
「エリオスと夜を過ごした時から考えていた。観測者としての使命と、俺の気持ち。天秤にかけて、どちらが重いかってな」
「それ、は」
己の心は、今まで互いに明言しなかった。
俺たちには使命がある。
俺の使命は、観測者の一族として歴史を書き記すことだ。
そして、エリオスの使命は、革命軍を率いて悪政を打ち滅ぼすこと。
心を曝け出せば、決意が揺らぐ。
使命より自身の欲を優先させてしまう。
だから、何も言わなかった。言えなかった。
でも、俺は決めた。
もう二度とないチャンスだから。
「俺たちの一族に伝わる言葉は知っているよな。『見聞きしたものすべてを記し、歴史を語り継ぐのが我らの使命』ってやつ」
「ああ。子どもでも知っている」
「実は、続きがあるんだ」
「続き?」
それは、観測者がただの人間であることを肯定するものだ。
「『されど、心を動かされた時、歴史に飛び込んでこそ真の観測である』」
先人の言葉を引用した告白は、果たしてエリオスの胸に届いた。
碧眼が見開かれ、煌めいた。
背中に回った腕の拘束が緩む。
初めて流星を見た子どものような表情。
その頭を撫で回したくなるが、まずは呼吸を思い出させるのが先だ。
エリオスの背中に腕を回して引き寄せ、呼吸を忘れた唇に自分のそれを重ねる。
すると、期待に満ちた息吹が帰ってきた。
「エリオスと一緒に戦う。革命の中から観測して、俺は歴史を語り継ぐ」
使命も私欲も手放さない。
だって俺は、呆れるほど強欲な自覚がある。
それは、お前だって同じだろう。
なあ、エリオス?
視線で挑発すると、嗜めるように唇を齧られた。
「戻って来れる保証はない。それでも、俺と一緒に行くのか」
「馬鹿言うな。勝算のある戦だろ」
「何が起こるかわからないのが戦だ」
「それでも、命尽きるまでエリオスと一緒にいる」
視線を逸らしたら負けだ。
そう思って碧眼を見上げていると、不意にエリオスがふはっと笑った。
「縄で縛って置き去りにしても追いかけて来そうだ」
「地獄の果てまで追いかけてやるからな」
「それは怖い」
怖いなんて微塵も思っていないだろう。
弾んだ声が背後に回る。
伸びたままの紐が手早く結ばれていく。
懐かしい締め付けに、正しく鎧が装着してされたことを知った。
ついでとばかりに、エリオスの指が俺の銀糸を編み込んでいく。
「スティリオス。我が希望の星」
祈りが込められた一本の髪束。
きっと、俺は傷ひとつ付けることなく、エリオスとともに勝利を手にするだろう。
篝火が弾ける。
革命を叫ぶ明日は、すぐそこまで迫っていた。
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