28 / 28
第28話 やっぱりあなたの隣がいい
X(旧:Twitter)で綺想編纂館朧様主催のタグ企画#文披 31題にて書いた140字SSです。
10年越しの再会BLです。
*
Day1 春の形見
誰もいない夕暮れの校庭。待ち合わせはクスノキの下。目と目を合わせ、手を重ねるだけで幸せだった。俺にとって最初で最後の恋。間違いだったとは思いたくない。でも、あいつの手を離すことが最善だと信じて、青くて甘い傷跡を胸の奥底に仕舞い込む。春の形見を抱きしめ、小さくなる故郷を見下ろした。
Day2 予感
朝から嫌な予感はしていた。うっかり寝坊するし出勤中に滑って階段からずり落ちるし。極め付けはこれだ。「今日からよろしくお願いします」忘れたくても忘れられなかった笑顔。新たに同僚になるのは、10年前、俺が幸せを願って手を離した元恋人だった。不意に視線が交わる。俺はその場から逃げ出した。
Day3 振り返る
階段を駆け上がりオフィスビルの奥に追いやられた喫煙所を目指す。始業時間直後だからだろう。誰もいない階段では俺の喘鳴がやけに響いていた。「涼太!」鼓膜を突き刺す俺を呼ぶ声。逃げたいのに足は動いてくれない。ぎこちなく振り返る。階下には肩を上下させ、恨めしそうに俺を見上げる健斗がいた。
Day4 花桃
息が詰まる。嘘の進学先を教え、別れも言わずに上京した俺が、健斗に何を言えるというんだ。「涼太」一段ずつ近づいてくる足音。伸びてくる大きな手。殴られる予感に、それが報いだと目を瞑る。でも、覚悟した痛みはやってこない。「久しぶり」そろりと目を開けると、花桃色に頬を染めた健斗がいた。
Day5 旅人
なんで。俺に向けられるのは憎悪のはず。それなのに、健斗は笑みを浮かべている。俺はさながら道に迷った旅人だ。「今日の夜、暇?」「う、ん」「飲みに行こうぜ」「え、いや」「店選びはよろしくな」じゃあ、と手を振ると健斗はくるりと踵を返した。逃げるなよ。背中にはそう書いてあるように思えた。
Day6 サラダ
行きたくないと思いながら、同僚と鉢合わせない居酒屋を検索。でもやっぱり健斗と2人きりは無理。終業後、逃げようとしたけど、呆気なく捕獲されてしまった。ビールといくつかのつまみを頼んだものの、なぜか最初に配膳されたサラダ。くし切りになったミニトマトを避けながら、俺は健斗の皿に盛った。
Day7 星座
「俺の嫌いなもの覚えてるんだ?」問いかけられて心臓が跳ねる。無意識の行動は、明け方の空に取り残された星座のような俺の心を表していた。「まあな」それを誤魔化すようにそっけなく返事する。やっぱり来なきゃよかった。「お待たせしました」配膳されたビール。好きなはずなのに今は憎らしかった。
Day8 アミュレット
交わされる近況報告。あたり差し障りない会話。気まずさを感じているのは俺だけ?健斗は何を考えている?俺が信心深くてアミュレットを身につけていれば、健斗と再会したりしなかったんだろうか。いや、それがなくても、きっとどこかでまた出会っていた。それが裏切った俺への報いなのかもしれない。
Day9 見逃す
ラストオーダーで最後の一杯を頼む。この時間もあと少し。早く終わってほしい。でも、まだ終わらせたくない。「なんで」ぽつりと溢れた言葉。はっと視線を向けると、アルコールで赤くなった顔はくしゃりと歪んでいた。目尻には光の粒が浮かんでいる。その表情を見逃すことはできない。してはいけない。
Day10 大学
「大学、なんで別のところに行ったんだ」涙声で詰られる。二度と会わないと思っていたから上手い言い訳を考えていなかった。黙っている俺に焦れたように健斗が口を開く。「俺が嫌いになったから?」「ちがっ」否定してはっとする。今も好きだなんて言ったら、10年前の俺の決意と負った傷の意味がない。
Day11 直線
嫌いだと言ってしまえばいい。口を開こうとした時、ゴッと痛々しい音を立てて健斗は頭をテーブルに打ちつけた。「え」微動だにしない彼の顔を覗き込むと、眉間に皺を寄せて目を瞑っていた。え、今寝る!?俺はとりあえず会計を済ませて店を出た。途方に暮れた俺は行く当てもなく白い直線を辿り始めた。
Day12 謂はぬ色
謂はぬ色の目立つマンション。その2階の角部屋が俺の家だ。気まずい関係だけど、だからといって酔っ払いをホテルに置き去りにするなんてできなかった。健斗は俺のベッドの上で気持ちよさそうに寝ている。「明日、どうしたらいいんだ?」良い考えは浮かばない。俺は酔いを覚ますため浴室に逃げ込んだ。
Day13 くりかえし
くりかえし瞬きをしても、目の前の光景は変わらない。「おはよう。涼太」俺を押し倒す健斗は朝にぴったりな爽やかな笑顔だ。「え、これ、は…?」「昨日の夜、確信できた。涼太、まだ俺のこと好きだろ」疑問系ではない問いかけに、意味なんてあるんだろうか。俺はふいと顔をそらして黙秘を決め込んだ。
Day14 卵
卵の殻を一欠片ずつ剥ぐように、少しずつ心を丸裸にされていくような感覚。「今は見逃してやる」不意に離れていった熱。名残惜しいと思ったのは何かの間違いだ。「あ、シャツとネクタイ貸して。家、戻る余裕ねぇわ」そう言って勝手にクローゼットを漁られる。はっと時計を見ると、出勤の5分前だった。
Day15 ラナンキュラス
「嘘だろ⁉︎」「このネクタイの柄いいな」「呑気にネクタイ選んでる暇ねぇだろ!」「焦ったら終わりだって~」「お前は焦らなすぎだ!」ドタバタと騒ぎながら身支度を済ませ、走って駅に向かう。ラナンキュラスの花が飾られた商店街。あの頃の感情が浮上する。「ふはっ」思わず溢れた笑みが重なった。
Day16 秘密基地
秘密基地に飛び込むように電車に乗る。通勤時間帯だから、車内は混んでいた。「髪、セットした意味なかったな」窓に映るスーツ姿の俺たちはボロボロだ。「ていうか、そもそも寝癖直ってない」健斗の手が俺の後頭部を撫でた。落ち着いたはずの心臓が、また全力疾走し始める。「ちょ、自分でやるって」
Day17 濃霧
体を傾けて健斗の手から逃げる。顔が熱い。電車の中に濃霧が立ち込め、前が見えなくなってしまえばいい。そんな現実逃避をしたけど意味はなかった。「はいはい。頑張れよ」くすくすと忍び笑いをした健斗は、あっさりと手を引っ込めた。ぐいぐいと容赦ない謎のアプローチに、俺は耐えられるだろうか。
Day18 もう二度と
惹かれたくなければ、もう二度と近づかなければいい。でも現実は思い通りにいかない。目敏い同僚が、健斗が締めているネクタイが俺のものだと気付き、俺と健斗が高校の同級生だと知られてしまった。「じゃあ2人で行ってきて」上司から指示された出張先は、担当変えを要求してきた交渉中の企業だった。
Day19 つるつる
担当変えを要求されて落ち込んでいた同僚を励ましつつ仕事を引き継ぎ、新幹線で交渉中の企業に向かう。移動中も健斗から猛攻を受けると覚悟していたのに、予想に反して健斗は真面目だった。「話はここから切り込んで」綿密な打ち合わせの結果、つるつる頭の担当者から契約成立をもぎ取ることができた。
Day20 渡り鳥
黒くて小さな渡り鳥が飛び交う軒下。ビジネスホテルが取れなかったために手配されたのは旅館だった。「あーあ。露天風呂も付いてたら最高だったんだけどな」「仕事だぞ。贅沢言うな」仕事は終わった。気も抜ける。和室に敷かれた布団。今度こそ健斗の猛攻が始まる。そう期待している自分に愕然とした。
Day21 モーニングセット
自分の意志の弱さに落ち込んで一睡もできなかった。対して、健斗は悶々とする俺の横で爆睡し、今は上機嫌でモーニングセットを平らげている。結局、何もなかった。もそもそと朝食を食べていると、ようやく爆弾が落とされた。「今度さ、こんな感じの旅館に泊まりに行こう。もちろん、二人でな」
Day22 楔
あんな別れ方をしたから俺の存在が楔になっている。俺の好意は見透かされているけれど、きちんと言って終わらせなければならない。「俺は健斗とよりを戻すつもりはない」「嘘。だってほら」伸びてきた指先が唇に触れた。「涼太って嘘つく時、唇噛み締めるんだよね」そう言われ、口に余計に力が入った。
Day23 怪盗
「本当のこと言ってよ」力なく笑いかけられて、俺の心は健斗に驚掴みにされた。ああ、まったく。こいつはとんでもない怪盗だ。「朱莉とお似合いだったから。俺が隣にいたら健斗が不幸になると思ったんだ」「俺の幸せをお前が決めるな。朱莉は幼馴染だ」間髪をいれずに否定され、その通りだと項重れる。
Day24 タイムカプセル
ちらりと視線を上げると、健斗の怖い顔が見えた。
「まだ何かあるだろ」どこまで俺の心を読んでいるんだろうか。「あれ以上、健斗を好きになるのが怖かった。社会人になって、万が一すれ違って別れるのが嫌だった」だから、逃げ出した。タイムカプセルを開けた時のように、当時の記憶と感情が溢れ出す。
Day25 揺らぐ
「馬鹿だな。全部俺に言えばよかったんだ」ぐしゃりとセットした髪を乱される。それと同時に心も撫でられたような気がしてとうとう俺は観念した。「好きだ。ずっとずっと好きで忘れられなかった」揺らぐ決意がはらはらと散っていく。「俺も好きだよ。あの頃からずっとな」ほろりとふたつの涙が零れた。
Day26 ギラギラ
朝食を食べ終え荷物をまとめて旅館を出る。ギラギラと照り付ける朝日に、俺は目を細めた。「眩しい」「だな。でも今の俺たちは眩しすぎるくらいがちょうどいいんじゃないか?」影が消えるくらい光を当て、喜びも悲しみもすべて曝け出す。それは、確かに今の俺たちに必要なことだと思った。「そうだな」
Day27 相性
10年前は高校生で未熟だったけど、それでも、当時から相性は良い方だったと思う。笑ったり泣いたりするタイミングも一緒だ。だけど、日中、数時間過ごすのと、同じ家でずっとぴったりくっついているのとじゃワケが違う。あれから同棲まで進んだ俺たちは小さなことで喧嘩しては仲直りを繰り返していた。
Day28 宇宙旅行
毎日が宇宙旅行の気分だ。健斗の隣にいる安心する。かと思えば胸が締め付けられるほど愛おしい。「涼太」名前を呼ばれただけでドキドキして、促されるままに触れるだけのキスをする。幸せってこういうことなんだろうと思う。10年前、俺が逃げなければ、もっと早くこんな日々を過ごしていたんだろうか。
Day29 影
「なーに考えてんの?」俯いた俺に影がさす。顔を上げると、ぐりぐりと眉間を押された。「変なこと考えてただろ」「変なこと、じゃないと思う」意地悪な指を掴んで離し、自信なく言えば、健斗は「ははっ」と笑った。「教えて?」健斗は俺をソファに引き上げ、肩を引き寄せて甘やかす。罪作りな男だ。
Day30 びいどろ
「俺たち、遠回りしたなって」「俺の前からいなくなって後悔してる?」こくりと頷くと、額にキスされた。「遠回りしたけど、それでよかったんだよ。だって今、こんなに幸せだろう?」びいどろが光を反射したような、そんな表情。健斗が浮かべたのは、とても幸せそうな笑顔だった。ぐっと胸が熱くなる。
Day31 花宵
悲しくないのに涙が溢れる。幸せでも泣くことがあるというのは、健斗に教えてもらったことだ。「そうだな」涙の粒を拭われ、俺は笑みを浮かべる。「涼太」「なに?」「好きだよ」ゆっくりと近づく顔。「俺も好きだ」柔らかい唇が重なり、窓から心地よい風が入り込んできた。花宵は静かに更けていく。
ともだちにシェアしよう!

