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第3話 愛という蜜、味わいたい……!

 やらかしてしまった後も人生は続いていく。  ライブから一夜明けた。  俺は保冷バンに酒を積み込んで、取引先へと出発した。白い保冷バンの車体には「沢辺酒店」という店名が入っている。俺は安全運転を心がけた。  わが家は爺ちゃんの代から酒販店を営んでいる。  西東京にある住宅地、あざみヶ丘に店を構えていて、日本酒の品揃えには定評がある。個人のお客様相手の小売と、近隣にある飲食店に酒を納品することが事業の両輪だ。  酒のディスカウントショップにネット通販もある時代なので、地域の酒屋は正直経営が厳しい。ちょっとでも手を抜いたら、お客様にそっぽを向かれてしまう。  俺は新卒で酒の卸問屋に入ったあと、退社して家業に加わるようになった。  卸問屋での仕事は楽しかった。動かしている金額は大きくてやりがいがあったし、仲間にも恵まれた。  でも俺は会社員ではなくて、爺ちゃんや親父のように地域の人から頼りにされる酒屋のおっさんになりたかった。お客様の好みに合った酒を勧めて、笑顔を引き出す爺ちゃんと親父は、小さい頃から俺にとってヒーローだった。  家業に携わるようになってから一年が経つ。  毎日が学びの連続で、俺は充実した職業生活を送っていた。 「こんにちはー! 沢辺酒店です」  スナック『よっちゃん』に顔を出すと、芳江ママがにこやかに迎えてくれた。バックヤードに入り、ビールの空き瓶を回収する。『よっちゃん』はあざみヶ丘の住人に愛されていて、商品の回転が早い。俺は新しいビールを補充した。 「今日はこちらも納品させていただきますね。前回リクエストをいただいた、夏らしい日本酒です」  目にも涼やかなブルーやグリーンの瓶に入った日本酒をカウンターに並べる。きんきんに冷えたそれらを芳江ママが愛おしそうに眺めた。 「最近の日本酒っておしゃれねー。見てるだけでうっとりしちゃう」 「蔵元さん、相当努力されてますからね。こちらは飲みやすいサイズなので、ふだん日本酒を嗜まれない方にもおすすめですよ」 「誠司くん、お仕事順調そうね」 「おかげさまで!」 「で、ラブの方はどうなの」 「それは……」  俺が言い淀むと、芳江ママが両手を広げた。 「働きバチのまま終わるなんて寂しすぎるわ。愛という蜜も味わわないとね」 「そうですね。そうなればいいんですけどね」 「お見合いの話、あちこちに声をかけてるんだけど……ごめんなさいね。なかなかまとまらなくて」 「気にしないでください。地域の酒屋に嫁ぎたいなんて人は、そういないと思うので」  芳江ママはため息をついた。 「誠司くんって諦めがよすぎるわよね。今どきの子ってみんなそうなの?」 「……たぶん、何かに期待して、それを裏切られるのが怖いんだと思います」 「若いんだから守りに入っちゃダメよ。誠司くんの幸せを願ってるわ」  俺は一礼して、スナック『よっちゃん』を出た。

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