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いい子でいなきゃ 試し読み

三月三十一日 少し肌寒いけど桜がもう落ち始めていた。  明日から大和製造会社に入社し頑張ると決めた。 四月一日 入社式 この小さな会社に新入社員は三人だけ。大卒の野田と木原と高卒の袖野依麗(そでのより)。 「えーでは順に挨拶をしていきましょう!」と優しそうなご年配の女性が言うと野田さんから挨拶を始める。  小さな会社の部屋、ここはきっと作業部屋だろう、社長と事務服を着た女性の方と製造服を着た数人がいた。そして僕の番になり口を開く。 「は、初めまして袖野依麗です、よろしくお願いします」となんとも普通な挨拶をした。 これが僕ができる精一杯だ。 「三人ともよろしくね」  挨拶が終わり事務と製造とで別れた。 僕と木原さんは事務営業に野田さんは製造へと別れた。 「じゃぁ事務営業をまとめているのは私なので説明するね」口を開いたのは社長だった。  社長さんは気さくで少し肌が焼けていて笑うと声が大きそうにみえた。他の事務員さんはご年配の女性が多く、久々に若いのが事務に入ったよと嬉しがっていた。 僕は高卒だけど木原さんは大卒だ。 四年の差はきっと大きいだろう。 それに 僕はまだ未成年、粗相がないようにしないと。 「じゃぁ次はね」と場所を変え食堂へと向かった。 美味しそうなAランチやBランチがあった、お腹空きそう……。 でも僕には我慢しないといけない理由があった。 そしてそれを誰かに言ってはいけない。 そんな気がした。 「で、よりちゃん聞いてる?」僕はよりちゃんと呼ばれるようになっていた。  急に話を振られてしまい声が裏返ってしまった。 「は、はい」慌てて口に手をあてると 「いひっよりちゃん可愛い、緊張しているのと?」と言われてしまった。  僕は昔から作り笑顔が得意だ。 だいたいにこにこしていれば人は喜ぶことも知っているだから僕は作り笑いをしている。 しかし見る人にはキモイやおかしいやらいろいろ言われたこともある。それもよく知っている。 「よりちゃんの最高の笑顔もらった」 と社長は歩き出すが木原さんは後ろを向き「キモ」と言ってきた。きっとこの人と僕は気が合わないのであろう。それでも気分を害してしまったのなら僕が悪い。 「あーそうだ、この後歓迎会を開こうと思うんだけど」 「本当ですか! 嬉しいです、ありがとうございます」とすかさず木原さんは言っていた。 「あ、僕は……」未成年って飲み会行ってもいいのかな?  「あ、よりちゃんはね、お酒飲めないからソフトドリンク頼みんなね」  話が終わり次は社員寮にきた。僕が最も惹かれたのがここの社員寮だった。 「えっと木原くんは109号室でよりちゃんは107号室だね、先輩が誰かやめたら上階に移ることも可能だから、とりあえず荷物とか置こうか」  各自部屋に荷物を置いた、1DKの部屋は僕にはもったいないほどの広さでさらに備え付けのベッドと簡易的な食卓これだけあれば僕は嬉しい、初めての一人暮らしはドキドキしているけど、それでも嬉しかった。 「ふふっ……」 「あーよりちゃんは引っ越し業者いつくるの?」  僕は思わずきょとんとしてしまった。 「木原くんは明日来るんだけどよりちゃんもそうなの?」 「えっと、僕は荷物これだけなので頼んでないです」 「あらそう、ベッドはあるけど敷き布団とかはどうするの? どっかで買う? よりちゃん運転免許証あったっけ?」  ? ベッドってこれで寝るんじゃないの? 目の前にあるのはマットレスだけだった。 「えっと持っていないです、バスとかで買い物に行きます」と言っても正直これだけでいいかな……。ベランダあるし、干したりとかでいいかなって思う。 「えーこんなド田舎、バスなんて一時間先だし、車出してあげるよ、それに事務営業だから木原くんメインで運転してもらうから……。本当は免許あったほうがいいんだけど、とれないんだっけ?」 「あ、はいちょっと貯金が足らなくて」素直にそう告げると 「まぁいいか、仕方ないし今まではどうしてたの? さすがに家の人に送ってもらっていたんでしょ?」 「あ、いえほとんど徒歩だったので、僕慣れてますし」にこっと笑うと 「秋とかはいいかもしれないけど、夏は特にここら辺は暑いからな気をつけな」 「はい、お気遣いありがとうございます」

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