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第4話 逃さない
春樹は俺を裏切った。
大学三年の夏、春樹は家に彼女だという女を連れてきた。
両親に紹介したことで、彼らは結婚だなんだと騒ぎ立てた。
結婚だと?
ふざけた話だ。
そんなの許すはずないだろう。
俺はその日の晩、赦しを乞う春樹を激しく犯した。
「いや、たかあき……やめ、ゆるし、てっ」
「許さない……っ、俺から逃げるなんて、絶対許さない!」
許さないと言いながら、俺は春樹を快楽の渦に叩き込んだ。
もう二度と女なんて抱けないようにするために。
一晩中抱いて空が白むころ、春樹は気を失うように眠った。
俺は春樹の身なりを整えた後、後ろ髪を引かれながらどうしてもずらすことのできなかったた仕事に向かった。
その日以降、俺が春樹に触れることはなかった。
なぜなら春樹が消えたからだ。
両親にも探すよう話したが、書き置きもあるから心配ないと一蹴した。
もう成人しているから、と。
電話もメールも拒否されている。
別の番号やアドレスを契約して連絡を取ると、その時には既に変更されているようで繋がらなかった。
俺は必死に探した。
大学、友人宅、バイト先、とにかく春樹と縁があるところ。
彼女とかいう女のところもだ。
住民票や戸籍も調べた。
しかし、閲覧は出来なかった。
家族なら閲覧できると高を括っていたが、春樹は戸籍上親族になっていなかった。
住居を共にする、ただの他人だった。
両親に問い詰めると、法的な後見人になっただけだと分かった。
方々手を尽くしたが、俺は自力では限界があると叔父を頼った。
そのころ、叔父の会社は日本で最大規模になっていたからだ。
それでも春樹の消息は掴めなかった。
今考えれば当たり前の話だ。
春樹を匿ったのは叔父だったのだから。
春樹が消えて五年。
手掛かりを見つけたのは康明だった。
叔父の会社に就職し、実力で昇任していった康明は、ある一定の立場にないと知ることのできない依頼があることを知った。
その中に唯一、叔父のみが管理する案件が一件あることをデータベースで突き止めた。
案件の名前は『canary』
概要すら閲覧することは叶わなかった。
俺の勘がそれだと告げた。
叔父は優秀だ。
それなりの対策をしなければ落ちてはくれない。
俺は叔父の会社を密かに買収し、叔母を騙して自らが所有する旅館に宿泊させ側近に監視させた。
叔父の最も大切なものは叔母だ。
それさえ押さえていれば、叔父は俺に従うと確信していた。
そして、それは間違いではなかった。
叔母はこちらの手の中だと告げれば、資料を保管している信用金庫のカードキーと委任状を渡された。
叔父にはこの五年分の恨みがある。
今はとりあえず束の間の休日を味わってもらおう。
叔父を乗せた車を見送り、俺はその足で信用金庫に向かった。
金庫の中にはひとつのファイルが保管されていた。
春樹の資料だ。
その中に、叔父を住居の保証人とする資料を見つけた。
そこに書かれていた住所は遠い異国の地、フランスの住所だった。
「待ってろよ、春樹」
俺は春樹が諸々の準備を終えると、フランス行きの飛行機を手配した。
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