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第8話 カナリアが唄うには

 貴明に捕らわれてどれくらい経っただろうか。  日本に帰国して、おそらくは都内の高級マンションに軟禁された。  玄関は内からも外からも指紋認証の鍵が付いていて、逃げ出すことは叶わなかった。  窓は嵌め殺しで投身自殺することもできないし、ましてや凶器になりそうな鋏や紐の類いさえここにはなかった。  その代わり、美味しいご飯は出るし、サブスクを契約しているようで映画やドラマ、漫画や小説、音楽までやりたい放題だ。  ジム部屋もあり、運動したい時はそこで体を動かせる。  このフロアだけで生活が完結するようになっていた。    貴明は忙しい身のようだが必ず毎日帰ってきて、ほぼ毎日俺を抱き潰した。  こんなに執着されているのかと思うと、ゾッとする。      そう、ゾッとするほど嬉しい!  やっと、やっと捕まえてくれた!  フランスまで逃げた甲斐があったというものだ。    俺は、貴明に初めて会った時から猛烈に貴明が欲しかった。  整った容姿に、意志の強そうな眼差し。  俺に一目惚れしていることにはもちろん気付いていた。    だけど、すぐに手に入れるのは面白くない。  気付かないふりをして貴明をとことん焦らした。  すると、思春期に入ってから意識してほしかったのか俺に触れるようになった。    まだ……、まだだ。  子どもの身分で結ばれたところで何の意味もない。  引き離されて終わりだ。  俺は早く手に入れたくて騒ぐ心を静め、時を待った。  高校を卒業して家を出ようとすると大学に進学するように説得された。  この時、俺は方針を変えた。  ただ手に入れるより、もっと面白いこと。  貴明から逃げれば、より執着心を煽れるのではないか?  そうと決まれば行動だ。  貴明と同じ大学に進学し、気付かれないように彼女を作った。  いい感じになったところで貴明たち家族に紹介する。  彼女を紹介したときの貴明の顔は引き攣っていて傑作だったよ!    その晩、貴明は俺を犯した。  あのセックスは最高だったよ。  俺はもっと貴明が欲しくなった。  でも、まだだよ。    俺は貴明が仕事に出たあと、貴明の伯父を頼った。  泣きながら事の顛末を話すと、フランスに逃してくれる手筈になった。  俺はほくそ笑みながら逃亡の準備をした。  その時だった。   「春樹、やるにしたってタチが悪いぞ」    康明は泣き腫らしてした顔をしたはずの俺の本性を見抜いた。  流石、犯罪心理学を専攻しているだけある。  康明にはすべてお見通しだったみたいだ。  バレたならしょうがない。  共犯者になって貰おう。   「貴明が手に入るならそれでいい。俺の行き先は康明も知らないでしょ? 明日から、貴明が俺を探す手伝いをしてあげて」 「はぁ……。わかった」    康明はため息を吐きつつも俺の共犯者となった。  そうして俺はフランスに旅立った。  息を潜めて、貴明が見つけてくれるのを待った。  そして、貴明は見つけてくれた。 「あーあ……。もっと刺激がほしいなぁ……」    窓から見える空を眺めてそう呟いた。  そうだ、また逃げてしまおう。    俺は日用品を持ってきた康明に頼んで逃げる算段をつけ始めた。   「また? もういいだろ」 「まだだよ。もっと求められたいんだ」    頭を押さえる康明だけど、幼馴染の頼み事はちゃんと聞いてくれる。    そして、決行日当日。   「優しくしろよ」 「はいはい、仰せの通りに」    俺は康明の頭目掛けて花瓶を振り下ろした。  派手に散ったガラスで康明は頭を切った。  辺りに血が飛び散る。   「じゃあ、打ち合わせ通りに」 「俺は気絶したふり、お前は国外に逃亡、な」    康明の指紋で開いた玄関。  久しぶりの日差しは熱かった。  さあ、どこに行こうか。  今まではフランスだったから、今度はアメリカにしようか。  それともアフリカ?    どこにいたって、貴明は俺を探しにくるだろう。  探しにこないなんて選択肢はないんだから。  俺はスキップをしながら行き先を考え始めた。  捕まったのは俺。  でも、本当に捕らえられたのは誰?   「あははっ……。俺を探し出して、貴明」

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