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第7話 呪いの巫女は世界に出会う③(終)
「今まで、ありがとうございました。リンネは、お父様と共に過ごせて幸せでした。リンネは、いずれまた、お父様に会いに帰って参ります」
けしてその場しのぎの言葉ではない。リンネは心の底からの言葉を紡いだ。
父は偉大だった。父は優しかった。父がいなければ生きていくことはできなかった。この山から広い世界に出て行ったとして、共に過ごした時間が、幸せだと思っていた日々がなかったことになるわけではない。
『……人間は』
厳かな声が確かな説得力を持って降ってきて、リンネは顔を上げた。
『お前を捨て、虐げてきた生き物だ。その男もまた、お前をいつ裏切るかも知れないぞ』
試されている、と感じた。
だが、そんな問いかけはもう何度も自分の中で繰り返して、すでに答にたどり着いている。
「それでも良いと、覚悟しています」
リンネはグランの手を握った。馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれない。それでも、真っ直ぐ闇の奥を見つめた。
未来がどうなるかはわからない。いずれ裏切られるかもしれない。でも、そのことは、今この瞬間に彼の手を握らない理由にはならないのだ。
父はしばらく何も答えなかった。二人はただ静かに次の言葉を待った。
『もうよい』
いくつかの時間の後、二人に投げかけられたのは呆れたような声だった。そこには先ほどまでのような威圧感はもうなかった。
『早く行け。お前らのような浮かれたやつらはここには似合わん』
周囲を覆っていた闇が、神殿の奥に戻っていく。その途中、二人の頬を冷たくも柔らかな手が撫でる。
リンネは指先で頬に触れ、グランと顔を見合わせた。
「ありがとうございます!」
思わず溢れた声は、自分でも恥ずかしくなるほどに弾んでいた。
許されたから、ではなく、認められたから、きっとこんなに嬉しい。
二人で手を繋いだまま神殿を出たところで、リンネは周囲の光景が先ほどとは一変しているほどに気付いた。
「あ……」
霧が晴れている。
普段は山を覆っている黒い霧がすっかりと消えて、視界を遮るものが何もない。
ここから見える青空の美しさに、リンネは息をのんだ。この山から、リンネの世界から始めて見る青空。
吸い込まれそうになって、思わず、隣に立つ男に身を寄せた。グランも同じように空を見上げていた。静かに肩を抱き寄せられる。
「綺麗だね」
「……ああ」
きっと数年後に二人でこの景色をまた思い出すと確信した。これから先、リンネは広い世界で素晴らしいものにたくさん出会うだろう。それでも、この景色が色褪せることはない。すべての思い出は心の中に大切に保管されていく。
たくさんのものを見て、聞いて、味わって、楽しんで、時に悲しみさえも乗り越えて、たくさんのお土産話を持ってこの場所にまた戻ってこよう。
――もちろん、グランと一緒に。
二人ならきっとどこまでも行ける。
リンネは世界に向けて大きな一歩を踏み出した。
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