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第7話 呪いの巫女は世界に出会う②

 グランと顔を見合わせて頷くと、二人で重い扉を押し開けた。その瞬間、扉の内側から黒い風が勢い良く吹いて、二人は思わず後ずさった。  肌がヒリヒリとする。心臓が直接つかまれたように苦しくなる。目を開けて立っているだけでもやっとだ。リンネは自分が神と呼ばれる存在と相対しているのだという事を身にしみて感じた。優しい父親、の面影はそこにはない。 『何をしに来た』  深く、深く地を這うような声。これまでにそんな声を向けられたことはなかった。父はいつでもリンネには優しかった。今日もそうであることをリンネは心のどこかで期待していたが、現実は甘くはない。 「お、お父様」  ほとんど膨らまない肺に、頑張って空気を入れる。リンネは必死に顔を上げたが、闇の奥はどこまでも見透かせず、じわじわと広がって二人を覆う。リンネは本能的な恐怖に逃げ出しそうになる。  だが、それでは駄目だ。 「僕は、この人間と一緒に、この山を出て、旅に出ようと思います」 『そうか』  返答は意外なほどに冷静だった。  だが、その冷静さが却って恐ろしい。高いところから命綱なしで突き落とされたような感覚にリンネの呼吸が浅くなる。 『私を裏切って人間に与するのだな』  裏切る、という言葉は鋭く心に刺さる。  それは、裏切られた時の痛みがわかるからだ。そして、裏切ったと思われる側の気持ちも、今わかった。こんなにも苦しく、もどかしいだなんて。 「僕はっ……」 『早くここから立ち去れ。お前のような人間には、二度とこの地を踏む資格はない』  絶縁を言い渡され、リンネは言葉を失い俯いた。言いたい事はたくさんあるのに、どれも胸につかえて出てこない。  何を言っても無駄だと思った。だって、自分が父から離れて、この地を去ってしまうのは事実だから。許してもらうための方法がどうしても思いつかない。  息もろくにできずに黙りこくっていると、グランが一歩前に出た。リンネは慌てて彼に視線を向けた。斜め後ろから見るグランはいつものように誠実な表情に強い意志を滲ませて、自分と相対する闇と向き合っている。  一拍の間をおいて、グランは深く頭を下げた。 「これまで、リンネを守り、大事に育ててくださりありがとうございました。これからは、俺も、息子さんを幸せにします」  真摯な言葉。  相手を神として恐れてこびへつらうでもなく、自分の行動を誤魔化すでもなく、心の底からそう思っているのだとわかった。彼の言葉に、リンネは背中を押される。  そうだ、それでいいんだ。ただ素直なことが、一番大事だと知っている。リンネも一歩前に進んでグランの隣に並ぶと、彼と同じく深く頭を下げた。

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