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第7話 呪いの巫女は世界に出会う①
次の日、二人は山へと戻ってきていた。
リンネの私物をとってくる、というのは小さいほうの理由だ。そもそもこの山に持って行かなければならないような荷物など、ほとんどない。
だが、一つだけ忘れてはならないものがある。
「……正直、もう、捨てられちゃったかと思っていたよ」
グランが目を細めて見るのは、リンネの頭につけられた髪飾りだ。嬉しそうな視線に、リンネは照れ臭さを押し殺して頷く。
「捨てようとしたけど……できなかった」
ずっと抽斗の中にしまっていた。向き合い方がわからなくて一度も取り出すことはできなかったが、それでも捨ててしまうことはできなかった。
よかった。今こうして、この宝物の持つ意味を噛み締められる。
戻ってきたもう一つの理由は、今、こうして目の前に立ちふさがる重たい扉だ。
リンネは隣に並び立つグランにちらりと視線を向けた。ついてこなくてもいい、とは言ったのだが、「リンネのお父さんには挨拶しておかないと」と言って聞かなかった。
「グラン、気分は悪くないか?」
昨日のグランの苦しむ姿を思い出して尋ねる。
「大丈夫、今日はなんだか気分がいいよ」
グランは力こぶを作って、快活に笑った。明るい顔つきを見て、リンネは、ふと、父に言われた言葉を思い出す。
『呪力というのは、人間の負の感情が源となっているんだ』
その説明を当てはめるのであれば。
「お前に呪いが効かない理由がわかったよ」
「え? ただの体質だと思うけど」
「呪いっていうのは人間の負の感情が元になっているんだ。でも、お前は、僕の怒りも、恨みも、苦しみも全部受け止めて、その先に導いてくれただろ」
グランは虚を突かれたように瞬きをした。全く自覚がないのも彼らしい。人に優しくするのは人の役に立つための唯一の手段だなんて言っていたが、そんなことをしなくたって、グランは生まれつき美しい魂を持っているのだ。大したもんじゃない、と本人は言う体質が証明している。
「……まあ、それでいうと、僕は負の感情を周囲にまき散らしているんだけどな」
リンネは自嘲する。呪いの力で人々を遠ざけて、挙句の果てにグランを傷つけたこともあるのだから、比べてなんと醜い事だろう。だが、グランはリンネの背中を優しく叩いた。
「それってつまり、人のために怒ったり、悲しんだりできるってことだろう? 大事な力じゃないか」
目から鱗だった。
この力を、誰かのために振るうだなんて、考えたこともなかった。
たった一つの気付きで、不思議と力が湧いてきた。ただ、自分一人の中だけで恨みの炎燃やしていた時よりも、はるかに強い力が。
それだけじゃない。今は隣にグランが立っている、そう思うだけでどんな苦難も乗り越えられる気がしてくる。
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