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第4話 二人とも初心者

 築十五年の何の変哲もない家の玄関を開ける。  中はしんっと寝り返っていて誰もいないことを証明していた。   「どうぞ」 「お邪魔します」  智哉が中へと促すと、寛は礼儀正しくお辞儀をして敷居を跨いだ。  靴を足で端に寄せた智哉に対し、寛はしゃがんで靴を揃えた。  寛は見た目通り几帳面のようだ。  夕飯が先か風呂が先か。  智哉はリビングの扉の前で振り返った。   「先に風呂入る?」 「ああ。冬でも運動してると汗かくからな」 「道着、寒いんじゃないの?」 「着ているだけなら寒いが筋トレもするからな。そこは他の運動部と変わらない」 「そんなんだ」  智哉は弓道の道着を頭に思い浮かべた。  肘までの袖丈は半屋外の弓道場だと冬場は寒そうだと思ったが、基礎体力つくりをするためそうでもないようだ。  智哉は矢を射るところしか見たことがないため、初めて知る事実だった。   「慣れだ。バレーも、よくネットを超えて跳べるな」 「まあ、それも練習すればね。お風呂、先入って」 「家主が先に入るべきだろう」  廊下の奥にある風呂場の前で押し問答するが、智哉はその応酬に負けるわけにはいかなかった。  自分がやるのは痛いと思ったが、身長差を使い上目遣いで寛を見上げた。   「やることがあるんだ。だから先に。お願い」 「わかった」  作戦成功と言っていいだろうか。  困惑していた寛は上目遣いの智哉を見てグッと喉を鳴らし、両手を上げて降参した。  蛇口やシャンプーなどの説明をして寛の分のタオルやジャージを用意すると、帰宅途中で寄ったコンビニで買ったものを手にしてトイレに向かった。 「よし、やるぞ」  やるべきことの手順は知っている。  というか、やったことがある。  美波がBL小説を書き始めた当初、細部までとことんこだわる彼女の性分のせいで、浣腸はどんな感覚なのかをレポートする生贄にされたのだ。  まさかその時の経験が役に立つ日が来るとは……。  神様仏様美波様である。  念の為に説明書を読みさくさくと作業をこなしてトイレから出ると、寛はまだ風呂から上がっていなかった。  智哉は冷蔵庫から麦茶を出して二つのコップに注ぎ、リビングにあるローテーブルにそれを置いた。  冬だから暖かい飲み物がいいのかとは思ったが、緑茶やコーヒーは好みが分かれるため今日はやめておいた。  次からは何がいいか聞いてから準備をしようと心の中で呟き、コンビニで買った弁当などを並べていた時、ガチャリとドアを開けて寛が現れた。 「上がったぞ」 「うん、じゃあ俺も。先に食べてていいよ」  運動して空腹であるのは智哉もだ。  何もすることなく待つよりは先に食べていてもらった方がいい。  そう思い提案したのだが、寛は静かに首を横に振った。   「いや待ってる。智哉と一緒がいい」 「わかった。早く入ってくるね」 「いや、構わずゆっくり入ってこい」 「うん」  そう言われては断れない。  ゆっくりとは言われたが、智哉は念入りに、だが素早く体を洗って風呂から出た。  夕飯はコンビニで買った焼肉弁当とサラダ、味噌汁とレジ横に並んでいた唐揚げだ。  好き勝手食べたいのはやまやまだが、体が資本の運動部のため食生活は顧問の先生からも指導されている。  多くの運動部が大会上位常連のため、その辺りはかなり厳しいのだ。  全国大会まで出場する寛はもちろんのこと、県大会まで駒を進めるバレー部のレギュラーメンバーである智哉も例外ではない。  片付けが終わると、二階にある智哉の部屋に移って宿題をする。  どちらかといえば勉強が苦手な智哉は、わからないところを寛に教えてもらいながら問題を解いていった。  寛の教え方は教師と同じくらい上手く、一緒に勉強をし続けていればテストの点数も上がるような気がした。  それが終われば、やることはひとつだ。  智哉と寛はベッドの上で座って向き合い、コンビニで買ったスキンとローションを取り出して枕元に置いた。  二人ともセックスは初めてだ。  緊張して、何をもってそれがスタートになるのかと頓珍漢な疑問を浮かべていると、寛が真剣な顔をして居住まいを正した。   「智哉、ひとついいか」 「何?」 「俺はそういった経験がない。男同士でどうするかは知っていても、細かいことはわからない」  なるほど、寛が心配しているのはそこだったのか。  智哉は頷くと躊躇いなくそれに応えた。   「大丈夫。俺、知ってるから」 「智哉は初めてじゃないのか」 「あっいやっ、俺も初めてだよ! それはその、姉ちゃんの助手、実は成人向けのもやってるから」  途端に不機嫌になった寛に智哉は慌てて否定した。  そうなのだ。  こともあろうに、美波は智哉に浣腸の体験レポートを提出させるに飽き足らず、濡れ場の推敲作業もさせていたのだ。  これまでノンケを自認していた智哉にとっては、受け目線で書かれる情事の情景は刺激的だった。  当初は顔を赤くさせながら誤字脱字のチェックをしていたが、今では慣れっこだ。  まさかそれで得た知識がいかされる日が来ようとは思ってもいなかった。  智哉はひっそりと美波に感謝の念を送った。   「そうか、ならいい」 「誤解させちゃってごめん」 「いいや……。そうか。それなら、俺に教えてくれないか? 男同士のやりかた」  納得した寛は智哉の頬をするりと撫でた。  その触れるか触れないかの絶妙な力加減で撫でられ、背筋がぞくりと泡立った。  だが、ここで狼狽えることはできない。  男同士のセックスのやり方を知っている以上、リードするのは智哉だからだ。   「う、うん……。えっと、まずは」 「愛撫だな」  寛は智哉の言葉を遮り、智哉の唇に自身のそれを重ねてチュッと音を立てて食むと、ペロリと宥めるように舌で舐めた。  柔らかい粘膜の接触が頬を撫でられた時以上に気持ちいいことだけはパニックになった頭でもわかった。   「ひえ⁉︎」 「嫌か?」 「ちがっ……、その、気持ちよくて……」  言葉に出さなければすれ違う。  それは美波の小説から学んだことだ。  そうだとしても、素直にキスの感想を言うのは火がつくほど恥ずかしかった。  智哉がポツリと伝えると寛はふっと笑い、服の裾に手を伸ばした。   「そうか」  するすると裾が持ち上げられ、ついでに、顕になった腹に指先を落とされる。  つうっと腹から胸、鎖骨を撫でられると全身がピクリと跳ねる。   「ああっ……待って、本当は知ってるんじゃ……!?」 「知らない。でも、局部にいくまでは知ってる」  涼しい顔でしれっとシャツを脱がせた寛は、右手をズボンのゴムを、左手は智哉の頬に添えた。  顔を寄せて耳たぶを食むと、これみよがしにリップ音を立てて首筋にキスを落としていく。   「そっ……な、反則だ!」 「セックスにルールがあるのか」 「ないよ! でも、なんでそんなっ……」 「妄想したからな」 「も!? んんっ……あ、ふっ……」  動揺している間に下着もすべて取り払われ、全身をあちこち弄られる。  全身の力が抜けてふにゃふにゃになって寛に寄りかかると、優しく押し倒された。  寛がどんな妄想したのかはわからないが、妄想だけでここまで器用にコトを成せるのは驚異の一言に尽きた。  愛撫の合間に寛もすべての服を脱ぐと、彼の中心は血管を浮き上がらせて熱く猛っていた。  その高校生らしからぬ立派な様相に、智哉は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。   「智哉、ここからどうすればいい?」 「ん、ローション垂らして、お尻の穴の周りを揉むっていうか……」  興奮を隠しきれていない寛が平静を装って智哉をじっと見つめた。  その瞳には燃え盛る情欲の炎が写っていた。  智哉はそれに気圧されながらもどうにか次の工程を伝えた。  そして、両腿を抱えて腰を浮かし後孔を晒した。  元々体毛の薄い智哉は陰毛も薄い。  遠目で見ればツルツルに見えるそこは純潔を守り、慎ましく閉じている。  寛は枕元のローションを手に取るとたらりと粘着質なそれを智哉の陰部に垂らした。  その冷たさに後孔がきゅっと締まる。  充分に濡れたそこで寛の指が泳いだ。  バレーで引き締まった臀部をさわさわと撫で、焦らすように後孔へと近づいていく。  ようやく後孔に辿り着くとその皺をひとつずつ丁寧になぞり、時折後孔全体を親指で押さえつけた。  排泄の時にしか触れたことがなかったそこだが、寛に愛撫されることで快感を拾い始めていた。  じわじわと少しずつ追い詰められていくような感覚に、智哉は焦ったくなっていた。  その陰茎は堪え性がなく、だらだらと透明な淫らな雫を溢していた。 「こうか?」 「多分……っん、ふ……」 「次は?」 「つっ……次は、指を一本中に入れて」 「入れるぞ」  間髪入れず寛の指が入ってきた。  それも、とてもゆっくりとだ。  慎重に鎮められた指は圧迫感があるものの痛みはない。   「んっくぅ……」  思わず漏れた吐息に寛が顔色を窺ってきたが、智哉はそれに笑顔で返した。  せっかくここまでできているのだ。  途中でやめたくはない。   「動かしていいか?」 「うん」  そっと動き始めた指は、やがて激しく暴れて始めた。  ゆるゆると指を埋めたまま揺すられるだけだったのが本番を連想させるようにピストンし、たまに指をグルンと回される。   「ッあああ……!?」 「これか?」  指を回された瞬間、その指先がなにかまずいところを掠めた。  二人は知っていた。  男が中で気持ち良くなるところ。  前立腺だ。  ビリビリと走る感覚は痛みのようでやめてほしいが、それだけではない。  腰に溜まる熱は増していき、白濁を吐き出したくてしょうがなくなる。  これは、強烈に気持ちいい感覚なのだ。   「やっ……まって、そこッだめッ、ダメぇ……!」 「なんでだ。凄く気持ちよさそう」 「んあっあ、気持ちっ良すぎて、ダメッ……!」 「そうか」 「ひァあああ……!」  増やされた指に前立腺を押し潰されると体が制御不能になった。  腰が跳ねるのを止められない。  嬌声は上がり、強すぎる快感に視界が滲む。  どれくらい中を弄られたのだろうか。  尻にゴリッと熱くて硬いモノが押し当てられた。   「入れていいか?」 「ん……、寛の、ちょうだい」 「ああ」  寛がスキンを箱から出すと、ピリッとパッケージを開けた。  出てきた丸いスキンを昂りに被せていくが、興奮しているためか寛の手は覚束ない。  待てができない智哉は新しくスキンを開けると、寛の代わりにクルクルとそれを寛に取り付けた。  学校の性教育で習っただけだったが、智哉はどうにかなるものだと胸を下ろした。  スキンにローションを垂らし、ついでに智哉の後孔にも追加で塗りつける。  ピトリと寛の先端が後孔にくっついた。  そして、グッと中に押し入ってきた。   「ん、ぐ……、あ……」 「痛くないか」 「ん」    本当はめちゃくちゃ痛い。  圧迫感は指の比ではなかったが、それを知られれば優しい寛はすぐに抜いてしまうだろう。  それだけはなんとしても阻止したかった。   「はっんん……」 「くっ……う、ぁ……」 「入った?」 「入ったが……、っ動くな」  痛みと圧迫感に耐えながらも好きな人とひとつになれる幸せを噛み締めていると、とうとう寛のすべてを飲み込むことができた。  達成感に安堵して寛を見上げると、彼はグッと眉を寄せ唇を噛み締めていた。   「え?」 「くッ……!」  ビクビクッと寛の腰が跳ね、スキン越しに熱が広がるのを感じた。  直後、寛が涙目になった。 「悪い、一人でイッてしまった」 「大丈夫。初めてなんだから」 「ごめん」 「謝らないで。ゆっくりやっていこ」  どちらにしろ、智哉もこのままセックスしていれば大惨事は目に見えていた。  それの事実は隠しつつ、寛を引き寄せて拙いキスを送った。  お互い初めてなのだ。  好きという気持ちが爆発して勢いでここまできたが、これからはずっと一緒にいる。  焦らなくても、二人のペースでやっていけばいい。   「ああ。じゃあ、抜くぞ」 「うん……、っふ、あ……」  ゆっくりと引き抜かれる感覚に、智哉はぞくりとした快感を拾った。 (突き入れられるより抜かれる時の方が気持ちいいって本当なんだ)  姉の小説から得た知識が真実であったことに感動している間に、寛はスキンの口を縛ってゴミ箱にいれた。  そして、戻ってくるときゅっと寛の半分立ち上がった昂りを握った。   「俺が抜く」 「へ? いやっいいよ!」 「なんで。俺ばっかりいい思いするのは良くない」 「だからって、ぇッ……おい、こらっ……んんっ!」 「今は俺の手で気持ちよくなって」 「んっあ、あ、あ……っ」  なし崩しに始まった手淫は驚くほど気持ちよかった。  自分のやり方とは違う緩急つけた動きに思考がぼやけるが、智哉には譲れないことがあった。   「や、俺だけはっ……嫌だ、一緒に……!」  初めてのセックスは失敗に終わったが、その分二人で気持ち良くなりたい。  寛の陰茎に手を伸ばすと、そこは再び勃ち上がっていた。   「わかった」  寛が腰を智哉の腰に密着させてきた。  二つの昂りがまとめられ、智哉の手の上から寛がその手を重なる。  グチュグチュと音を立てて扱かれつつキスを交わせば高みはすぐそこだった。   「あ、はっ……んぁ……」 「はっあ……っ」 「もう、イクッ……」 「俺も……っ」 「あああっ……!」 「っ……!」  絶頂の声とともに白濁が飛び散った。  はあはあと息が上がるのにも構わず、智哉と寛は拙いキスをした。  そうしていれば制欲旺盛な思春期の二人の中心はまた熱を持ち始める。  結局、シーツがぐちゃぐちゃになるまで求め合い、賢者タイムに入った二人は慌ててシーツを洗濯を始めるのだった。

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