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第9話

「おはよう、煜瑾」  不安そうな顔をした煜瑾に向かって、文維はなるべく温柔に声を掛けた。 「文維…。おはよう、ございます」  無理に作った笑顔を浮かべて、煜瑾は恋人に応えた。  互いに思い合い、慕い合う2人であるのに、ぎこちなさが拭えない。 「煜瑾、心配を掛けましたね」 「いいえ。文維こそ、ゆっくり休めましたか?考え事もできましたか?」  心優しい煜瑾は、柔らかな表情の中にも疲れが残る恋人を気に掛けていた。そんな慈愛に満ちた煜瑾が心から愛しい文維だった。 「ありがとう、煜瑾。昨日のことは、今夜必ず全てお話すると約束します。だから、もう心配はしないでください」  文維の誠実な言葉と声色に、煜瑾はホッとしていつもと変わらない天使の笑顔を浮かべた。 「今夜、ですね」 「ええ。今夜まで、待ってもらえますか?」 「もちろんです。私は文維を信じています。何も疑うことはありません」  悠々とした空気の中、2人はいつもと同じように仲良く朝食を楽しみ、文維は自身のクリニックへ、新人インテリアコーディネーターの煜瑾はクライアントとの打ち合わせに、それぞれ出掛けた。 ***  クリニックに到着した文維は、いやが上にも昨日の范青䒾とのセッションを思い出してしまう。  文維にとって、あれは恐怖の時間だった。  信じていたものに裏切られ、最愛の相手を傷つけるような、恐ろしい告白だった。 「おはようございます、文維先生。昨日おっしゃっていた、健診センターの予約、12時30分から取れていますわ。お昼休みに行かれるんですね」  定時より少し早くに出勤した、受付の張春梅女史からの報告に、文維は丁寧に会釈した。 「でも、特定のクライアントにそこまでされなくても…」  張女史は、昨日の新患が申し出たことに不満を抱いていた。新患とは言え、以前からの包文維医師の知り合いならば、口出しすることではないと分かってはいるが、それでも彼女のために健診センターの予約を取り、付き添いまでするとは、親切過ぎるのではないかと張女史は思うのだ。 「いいんですよ」 「そうは言っても、唐家のお坊ちゃんはいい気持ちはしないのでは?」  まるで伝家の宝刀を振るうように、張女史は唐煜瑾の名を持ち出した。そのことを自覚している文維だが、真面目な顔をして張女史に言った。 「…煜瑾には、今夜、私から話すので、何も言わないでください」 「もちろん、私から唐家のお坊ちゃんに余計な事など言いませんわ。でも…」  愛していれば、隠し事などすべきではないし、隠し事をしたとしてもなぜだかバレてしまうものだ、と離婚経験者の張春梅は思う。 「大丈夫です。今夜…、煜瑾に話します」 「そうですか…」  文維を責めるつもりも、煜瑾を傷つけるつもりも無い張女史は、それ以上何も言わずに、自分の持ち場へと戻った。

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