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8 山賊は金玉を溺愛するのこと

 盗賊は金玉を、根城《アジト》に連れていった。  奥深い山のなかに、掘っ立て小屋がいくつかある。  金玉はそのひとつに連れ込まれ、どさっと投げ出された。 「なにすんだよ! 痛いじゃないか!」 「おーおおや、はねっかえりだなあ。  大人しくおれについてくるんじゃなかったのか?」 「うるさい! みんなさえ無事なら、こんなとこに用はないんだ!」  金玉は脱兎のごとく逃げ出そうとしたが、裾の長い花婿衣装をふまれて、つんのめった。 「わわっ……」  盗賊は、よろめく金玉をがしっと抱きかかえた。 「えーと、名前は金玉だったか? おれは肝油《かんゆ》だ。  誤解すんなよ。  おれは、おまえを手籠めにしようっていうんじゃねえからな」 「そ、そうなの……?」  ……たくましい腕……なのかも……。 「うむ。今日からおまえは、おれのカミさんだ。  だが、しょっぱなから無理強いしたって、DVになるだけだろうが。  通報されちまわあ」 「もういいよ。離してっ……」  肝油は言われた通りにした。   「でも、無理矢理とか、略奪とかって言ってたじゃないか」 「それは『美形でオレ様な彼が、強引で押せ押せな猛烈アプローチをしてくる』って意味だろうが。  気を失わせて、荷袋につめこんでさらったら、ただの犯罪者だ」  ――美形……なのかな……?  金玉は顔をあげて、肝油を見つめた。  彫りの深い顔。幾筋もついた刀傷。  血の匂いがプンプンしてきそうな、今まで出会ったことのないタイプだ。  だけどその目には、温かい光が宿ってる……ような……? 「さあ、腹が減っただろう。メシにしようか」  肝油はいって、表の部下に声をかけた。 「おーい、適当なもんを持ってきてくれ」 「へいへーい」  ――金玉の前には、野菜の煮物と雑炊が並べられていた。  ついでに、酒を飲む肝油もいた。 「今日はそんなもんしかねえが、まあ食ってくれ」  そうは言われても……。  金玉が戸惑っていると、親分は酒の盃をつきだした。 「じゃあ、こっちにするか?」 「いらない!」  金玉はいって、ヤケのように雑炊をすすった。   「なあ、金玉。想像《イマジン》してみろよ。  この広い大陸で、男と男が出会った……。  これはもう、運命なんだぜ」  盗賊はちびちび酒をのみながら、語りかけるようにいった。 「――運命?」 「そうだ。月下老人の話は聞いたことあるだろう。  赤い縄は、どんなに離れた二人だって、結びつけるんだ。  おまえが婿入りしようとした。そこをおれが襲った――おまえと出会うためにな」 「ぼくはそんなこと望んじゃいない!」 「じゃあ聞くがな、おまえは本当に婿入りしたかったのか?」 「えっ……だって、それは親の決めた結婚だから」 「顔も知らない相手のところへか?  おれはおまえの顔を見て、嫁にほしいといってるんたぜ。  家柄と財産だけで決めた結婚より、よっぽどいいんじゃねえか?」  うーん、一理ある……かな?  金玉は煮物をもぐもぐ食べながら、考えはじめた。 「実はおれ、副業で酒屋もやってるんだ。  街のほうで、なかなか繁盛してるんだぜ」 「じゃあ、なんで盗賊なんてやってるのさ」 「そりゃあ、子分たちを養うためさ。  あんなパー助どもを、いきなり放り出しちゃかわいそうだろうが」  被雇用者の経済的安定性を慮《おもんばか》っているのか……それは立派な志のようにも思えた。 「もっと店を大きくしたら、あいつらを雇ってやってもいい。  そうしたら、盗賊稼業も引退できるしな」 「やめたいの?」 「いつまでもこんな仕事、続けてられねえだろ。  おれだって、嫁をもらってぬくぬくしたいんだよ。  な、だからおれと夫婦《めおと》になろうぜ」 「ぼくは男なんだけど……」 「それに、酒屋がイマイチだってんなら、仕官してやるよ。  金を積めば、たいていの役所には勤められるからな。  おまえに苦労はさせねえよ」  ――やたらと具体的な新婚プランを語る盗賊であった。 「で、でも……お父様とお母様が……」 「おう、それそれ。里帰りは許してやる。春と秋に帰っていいぞ」 「ほ、ほんとっ?」  賊に誘拐され、孤立無援の金玉には、その言葉はとても魅力的に聞こえた。  ぼくがこの盗賊と結婚したら、また生きて家族に会えるのだ!    それにこの男は、生活力だけはありそうだ。  悪くない話なのでは……。 「ま、よく考えておけ」  盗賊は酒瓶を持って、小屋から出ていこうとした。  ……え、ぼくを見張らないの?  戸惑う金玉に、男はこういった。 「あ、そうそう。ここはとんでもない山奥で、野獣がいっぱいだからな。  道に迷うと死ぬぞ。下手なマネはするなよ」  自然の牢獄というわけか……。 「さっきも言ったが、無理強いはしない。  おまえが心を開いた時に、股を開いてもらうからな」  下品な言いぐさだが、その意向はよくわかった。 「おやすみ、|我が蜜壺《マイハニー》」  肝油はちゅっと投げキッスをして、小屋から出ていった。

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