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Zee Deveel ON STAGE / # 16. The Show Must Go On
バックステージのある一室に集まり、ロニーはバンドメンバーとクルーたちの全員になにが起こったのかを話していた。侵入者にエミルが襲われたこと、銃で撃たれ警備員が負傷したこと。そして、イヴァンは実はパパラッチなどではなく、どうやら捜査する側の人間らしいことも。
「捜査する側って……警察ってことですか?」
「わからない。でも、敵じゃなくて味方だって云ってたし、なんていうかこう……銃を構えてる恰好が、すごくしっくりきてたのよね。まるでTVドラマにでてくる刑事みたいに、基本通りの姿勢って感じで」
するとユーリがソファから立ちあがって「こうか?」と、腰をやや落として片足を退き、両手で銃を構えるポーズをとった。
「あ、そうそう! そんな感じ」
「え、でも銃を撃つ人はみんなそうなんじゃないんですか?」
「基本から習ったりしないチンピラは、こうさ」
と、ユーリは今度は真っ直ぐに立ったまま片手を伸ばして人差し指をばん、とあげてみせる。
「しかし……そんなことがあって、怪我人まででたなんてな。今日のライヴは予定通りやっても問題はないのか?」
「ええ、ちゃんと警察に確認しておいたわ。もう犯人は会場内のどこにもいないし、鑑識作業も終わったから現場保存する必要もないって。逆に、自粛するべきかっていう気持ちはわかるけど、いまからそんなことが可能なのかって云われちゃったわ」
実のところ、そう云ってもらってほっとしたのが本音だった。一万五千人以上ものファンが直前でコンサート中止と聞けば、ショックを受けて加熱し、一部が暴動を起こさないとも限らない。警察もそれがわかっているのだろう。
しかし、銃声を間近で聞き、血が流れるところを見ているエミルは、予定通りライヴが行われることを手放しには喜べないようだった。
「でも……怖くないんですか。またなにかあったら――今度は間違われないで、ルカが撃たれたりしたらどうするんですか? もう、やっぱり中止にしたほうが――」
「間違われないでって? どういうことだよエミル」
テディが訊いた。ああ、そのことはできればはっきりさせたくはなかったのにと思いながら、ロニーはしょうがないかと説明をした。
「あのねテディ。ほら、ルカが遅れて、代わりに歌ってたでしょ? 犯人はそれで、エミルのことをヴォーカルのルカだって思ったんじゃないかって」
それを聞くとテディは険しい顔つきになって立ちあがり、ルカを睨みつけた。
「エミルが襲われたのはルカの所為だったのか? ルカが遅れてさえこなきゃ、こんなことにはなってないって、そういうわけ?」
「でも、ルカが襲われてたかもしれないじゃない。ひょっとしたらもっと怖ろしいことになってたかもしれない。どっちがいいとかっていう話でもないけど……」
「そうだけど……! そもそも、ルカはなんで遅れたんだよ。いったいどこでなにしてたんだ? ヴィト、一緒だったんだろ? 云えよ」
ルカの腰掛けているソファの脇に立っていたヴィトは、困ったようにルカとテディのあいだで視線を彷徨わせた。
「いやあの……云えないです、すみません……」
「へえ、云えないようなことなんだ。誰かと逢ってた? やっぱり人妻かな? リハーサルすっぽかしてまで逢いたいような仲なんだ」
まただ。いったいどうしてテディは、ルカが人妻と浮気してるだなんて思っているのだろう? なにかそう思うようなことがあったのだろうか、それともまさか本当に、ルカは誰かと会っていたのだろうか? ……想像できない。
そんなことを考えていると、ルカがはぁ、と溜息をついて、テディに向いた。
「テディ、俺の代わりにエミルがえらい目に遭ったのはすまないと思ってるよ。でも今その話はいいじゃないか。もうあと数時間でライヴが始まる……怪我人がでても、なにがあっても、俺たちはそこに観客が待っている以上、最高の演奏をしなきゃいけないんだ。今日も、次のリュブリャナもザグレブも、全部だ」
「ほら、またそんな優等生ぶったこと云ってごまかして……! 云えない相手と云えないようなことしてたんだろ。ヴィトに口止めまでしてさ、そうやって陰でこそこそしてたからエミルが襲われたんだぞ! 自分と間違われて怖い目に遭ったエミルに対してなにも思わないの? 自分の所為だって思わ――」
ぱんっ! という音が響き、テディが目を瞠って自分を見た。ロニーはテディの頬を撲 った姿勢のまま、その長い睫毛に縁取られた灰色の瞳を見つめ返した。――テディを撲ったのは初めてだった。撲ちたくはなかった。が、これだけは云わねばならない。
「いいかげんにしなさい! エミルがルカと間違われて襲われて、警備員の人が撃たれても、それはルカの所為じゃない。所為じゃないけど、ルカだってショックじゃないはずがない。テディ、いい? あなたはルカに責任のないことでルカを責めるより、こんな状況でもステージに立たなきゃいけないって云いきった彼を、バンドメイトとして誇りに思うべきよ!」
テディが表情を凍らせる。茫然と立ち尽くすテディの名前を、ルカが呼んだ。
「テディ」
ルカは少し寂しげにも見える穏やかな顔で、ゆっくりと云った。「俺がここへ来るのが遅くなったのは……教会の近くの公園に寄ってたからだよ。おまえも誘おうかと思ったけど……もう出たあとだったから」
それを聞いて、テディははっとしたようだった。
「エミル、悪かった。大変だったな、今度なにかで必ず埋め合わせするよ」
ルカはそう云って立ちあがり、急いでもいないゆっくりでもない普段どおりのペースで、部屋を出ていった。
なんとなく声がかけづらい雰囲気だからか、皆黙ったままそれを見送ったが――ロニーは我慢できず、テディに尋ねた。
「テディ……教会の近くの公園って?」
テディはぺたんとユーリの隣に腰を下ろし、両手で顔を覆った。
「テディ? どうしたの」
「……忘れてた……、最低だ俺」
ユーリが心配そうにテディの肩に手を置く。テディはくしゃっと髪を掻きあげ、はぁ、と息を吐いた。そうして見えたのは、どことなく不安げでなにかに途惑っているような、これまでに何度となく見た彼らしい表情だった。
「俺とルカがブダペストで暮らしてたとき……仔猫を死なせちゃったことがあったんだ。ルカが拾ってきて……二匹いたんだけど、一匹、俺らが寝てるあいだに死んでしまって……公園の花壇に埋めたんだ。野良猫の保護活動みたいなことやってるシスターがいる教会の近くだった」
テディがそう打ち明けると、ヴィトも話し始めた。
「云うなって云われたけど……もういいっすよね。ルカに頼まれて俺、公園に行く前にドラッグストアに寄って、キャットフードを買ったんです。ルカ、花壇の囲いんとこにざーっと撒いて、そしたらどこからか猫がでてきて、いっぱい集まって……嬉しそうにずっと見てたんです。寄ってくるやつは撫でたりもして」
それで思ってたより遅くなってしまって、すみませんでした、とヴィトが皆に向かって詫びると、ドリューが首を振った。
「謝らなくていい。誰も悪くない……悪いのは、犯人だけだ」
その言葉を聞いてか、がくりと項垂れるように俯いていたテディがすっと立ち、ロニーの前を横切って部屋を出ていった。
ソファの背に腕をかけ、それを見ていたユーリとなんとなく目が合い、ふっと笑みを溢す。
「……今回は長かったな」
「寂しい?」
そう訊くと、ユーリはまさかと首を振った。
「俺だって、ハッピーじゃないあいつといるのはハッピーじゃないさ」
ロニーはその台詞に、ユーリ、あなたそれもう恋情じゃなくて愛よ、と、心のなかで呟いたのだった。
リハーサル不足が心配だったが、バンドは控室でアコースティックジャムをすることで軽いウォーミングアップをし、ルカの咽喉 の準備も整えることができた。一時間ほど控室に籠もっていたルカとテディのあいだでどんな話があったのか、誰も知るところではなかったが、どうやらふたりの仲もようやく元に戻ったようだった。
いろいろあった反動もあるのか、この日のライヴは今回のツアーでは最高の出来だったのではないかというほど絶好調だった。ルカに対して抱えていたものが吹っ切れたのか、テディのベースはまるで歌うように感情豊かに跳ねまわり、それに寄り添うユーリのドラムも、スリリングな即興 が冴え渡っていた。ギターのドリューものっていて、ピックスクラッチのアドリブがテディのスラップと絶妙に絡み、マジックが生まれていた。ジェシのキーボードは曲ごとにシャープなロックだったりファンキーだったり、ノスタルジックだったりドラマティックだったりと、バンドの演奏全体の表情を変えるエフェクト・フィルターのような役目を果たしているが、今日はそれが更に顕著だった。
そしてルカは、不安や厄介事を抱えているような陰りを欠片も感じさせない、眩しいほどに完璧なスター像をステージの上で演じきった。最高のステージだった。
ライヴ終了後、いつものように一行は何台かの車に分かれてホテルに戻り、予約してあったレストランでハンガリー料理とトカイワインを楽しんだ。ダニューブ川沿いにあるホテルは最高のロケーションで、レストランからはセーチェーニ鎖橋とブダ城がライトアップされているのが一望できた。
「――ほんと、あれ、いつ終わるんだろいつ終わるんだろって思いながらずっと弾いてて。よくあそこでぴたりと合わせられましたね!」
「なんかさ、ずっと弾いてたい気分だったんだよ」
「テディとあんなふうに向かい合って弾くのはめずらしいよな」
「〝ホテル・カリフォルニア〟みたいだったね」
「おかげで俺、ずっとマイク持ってうろうろしてなきゃいけなかったじゃないか」
興奮冷めやらぬという感じで皆が話しているのを眺め、ロニーもいい気分でワイングラスを傾けていた。ルカとテディが並んで坐り、笑顔で言葉を交わしているのを見るのも久しぶりのことだ。
そんなふうに、和やかな雰囲気のなかでほっとしていたから尚更――電話でわざわざ知らされた凶報に、ロニーは激しいショックを受けた。
「――どうしたロニー? そんな顔して」
正面の席にいたドリューが云い、皆が一斉に自分のほうを見た。スマートフォンを手にしたまま顔を強張らせ、ロニーは独り言のように、いま聞いたばかりの言葉をそのまま口にした。
「――警備員の人、ついさっき亡くなったって……」
まるでショウが終わり、さっきまで煌々と光を注いでいたライトが消えたように、皆の表情が昏くなった。
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