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第10話 授業 ②
ヒョウ柄の尻尾の子と、リス尻尾の子が仲良く手を繋いで部屋を出て行く。
天使の羽の子はペポラの足元で、親指を銜えて丸くなる。
ニケは笑顔で白い樹木によじ登った。
「ふう。なかなか楽しいな。大人数でこういうことをするのは」
鼻息を荒くしているニケに、フリーは気の無い返事をする。
「そうだね……」
「? どうした?」
「ちょっと、この部屋、暑いかも……」
フリーの肩から下りると、ニケは光速で雨戸を開け放つ。
ッパアン!
途端にごうっと尋常ではない風が吹き込み、撫子色の髪と赤い髪をなびかせる。寝転んでいた羽の子は目を丸くしながらころころっと出入り口の方へと転がって行く。
風で斜めどころか横向きになった雨が縁側を容赦なく濡らしていく。メリネがもたらす雨空は真っ黒だ。
そのすべてを気にかけず、駆け寄ったニケはフリーの着物を掴む。
「どうだ? 頭痛いのか? 吐き気か?」
「だ、大丈夫! ちょっと暑いなと思っただけだったんだ。いってえ!」
飛んできた木の枝が白い頭にぶち当たる。
体重が軽いため踏ん張れずにひっくり返ったリーンを、キミカゲが助け起こす。
「だ、大丈夫かい?」
「いでで……。油断したぜ、あぶねえ!」
キミカゲに飛んできた大きめの木の枝を、星影流手刀で叩き落とす。
「うええええ~ん」「クリュちゃ~ん」「うぷっ! 葉っぱが口に。んぺっぺっ」「こりゃ! くっつくんじゃないです」
一人だけ微動だにしないクリュに、子どもたちが次々にしがみついていく。
「……」
惨状を見かねたペポラは静かに雨戸を閉めた。
……しんっ。
一気に雨風が止み、残ったのは飛んできた木の枝や謎の物体、ゲコゲコと鳴く池の蛙。そしてずぶ濡れになった住人たちだった。
フリーは髪についた木の葉を摘まむ。
「おかげで……冷えたよ」
「そうか。よかった」
ほっと胸を撫で下ろす。他全てを気にしないニケにペポラは目を向けるが、自分も結構手段を選ばない手合いなので何も言わなかった。
代わりにリーンが四つん這いで近づいてくる。
「ニケさ~ん。せめて一言くれよ……」
髪ぼさぼさ。頭に蛙を乗せたリーンに、ニケはようやく自分が何をしたか気がついたようだ。室内を見回し、しゅんと耳を垂らす。
「すみません……」
「いいけど。フリー、気分悪いのか?」
ぱっぱっとふたりしてニケの髪や着物についた葉っぱを取っていく。
「いや。もう大丈夫。暑いなと思ったくらいだし」
フリーの顔色を見て、キミカゲもほっとする。部屋掃除するためにペポラはさっさと掃除道具を取りに行った。
厠から戻ってきたお子様二名が戸を開けて飛び上がる。
「なになに?」「なにかあったの? けがしてない?」「うー……」「だいじょうぶ」
ちびっ子みんなで、葉っぱや小枝を取り合っていく。間違って髪を引っ張ってしまう子もいるが、すぐに頬をくっつけて謝るのだ。
ぴとっ。
「ごめんね?」「いーよー」「きゃっきゃっ」
ぎぎぎぎぎっ。
ニケとリーンが力の限りを込めて誰かの着物を掴んでいる。そこに、掃除用具を持ったペポラが帰還した。各自に箒やチリトリを渡し、フリーには乾いた布を投げる。
「ぶっ」
「それで身体を拭け。濡れただけで爆発四散するんだろう。早くしろ」
「誤解です。でも、ありがとうございます」
子どもたちが掃除する様をのほほんと眺める。ごみが無くなると全員を廊下に出させ、濡れた床の布(カーペット)をペポラが豪快に引っぺがし、丸めてどこかへと持っていく。行動に迷いがない。
早足で戻ってきたペポラは腰に手を当てる。
「これじゃ授業の続きは無理だな」
子どもたちはてっきり喜ぶかと思ったが……
「えー?」「まだ遊びたい」「じゅぎょう、できるもんっ」
うっ。涙出そう。授業を嫌がらないなんて。
それはそうと、場所がなくてはどうしようもない。まさかこのまま子どもたちを廊下に置いておくわけにはいかないし。
キミカゲは腕を組んでいる女性に目をやる。
「どうしよっか。ペポラ君」
「そっすね」
ペポラは十秒と悩まなかった。選ばれたのはオキンの執務室。最初に訪れた横断幕のある大部屋へと移動した。
キミカゲはにこっと笑顔で腰を折る。
「そんなわけで、お邪魔するね?」
「……許可、しよう」
歯を喰いしばり、何かに耐える表情をしているボス。キミカゲ一人なら追い出すところだが、ペポラも子どもたちもいるため「速やかに失せろ」とは言えなかった。
それでも一応、仕事の邪魔にならないよう、一同は部屋の隅に固まる。
「はい。ここはお仕事をするお部屋なので、小さい声で話そうね?」
声量をぐんと落とす。口の前に指を立てると、子どもたちはそろって真似をした。
「しーっ」「しーよ。しー」「しー」「……すやぁ」
静かになったので寝そうになっている子がいる。ヒョウ柄の尻尾の子が、その子の鼻先を尾の先でくすぐる。
「……へ、ぺっぷち!」「ねちゃためよー(寝たら駄目よ)」「……うん。ずずっ」
癒しのやり取りを挟みつつ、授業は再開される。
キミカゲは笑顔でペポラに顔を向けた。
「……で、どこまで話したっけ?」
「違う出来事を挟むと記憶消える呪いにでもかかってんですか?」
頼りになる女性はため息を吐く。
「確か性教育は百利あって一害なしって、キミカゲ様がぶつぶつ言ってたような……」
「そうそう! 身体には自分だけの、大切な場所があるって教えようと思ったんだ」
話す順番を思い出せたようだ。結構大きな声を出したせいでオキンに睨まれる。
「ご、ごめんね……?」
「ほがががががっ」
その睨みをまともに見てしまったニケが痙攣している。倒れる前にフリーは優しく抱き上げた。
「よしよし。大丈夫だよ。皆そばにいるからね?」
キミカゲのような優しい声を出し、心臓の音を聞かせるように胸元で抱きしめる。
「……うむ」
とくんとくんと、鼓動を聞いていると落ち着いてきたのか、ニケは小さく頷いた。
リーンは残念なものを見たような目をフリーに向ける。
「お前……。強いし優しいし。変態要素さえなけりゃ、いい男なのになあ。惜しいなぁ。頭ぶつけて人格変えろよ」
「なんか酷いことを言われた気がする」
「はいはい。ロボトミーもおすすめしません」
おじいちゃんがまたよく分からないことを言っておられる。
キミカゲはニケの顔を覗き込む。
「気分はどう? ごめんね? 無駄に怖い甥っ子で」
「おん?」
オキンが何か言った気がした。
「別室で休むかい?」
ニケは首を振る。
「いえ。平気です」
「そうかい。何かあったらすぐに言うんだよ?」
「はい」
頭を撫でられ、ニケは目を細める。
(翁って、本当に優しいなぁ)
どこまでも甘えてしまいそうになるので困る。他の子もそう思ったのかなんなのか、白衣を軽く引っ張る。
「きみかげしゃまー。ぼくも」「わたしもなでて」「なでてっ」
「はいはい。よしよし」
「て、ててて手伝いましょうか?」
「ああ?」
ニケ君がフリー君の頬を伸ばしている。元気になったようで一安心だ。
「では、話を戻すよ? 身体には、ヒトに見せても触らせてもいけない場所があるんだ」
「えっ?」
なぜか真っ先に反応したのはフリーだった。子どもたちが振り返る。
顔を青くして震えている。
「ど、どどど、どこですかそれは……? ほっぺだったら、もう……死ぬしかないっ!」
ペポラが「こいつ大丈夫か?」みたいな目を向け、キミカゲは苦笑する。ひとまず置いておいて。
「では早速、ひとつずつ指差していきましょう。まずは口」
「「「おくち~」」」
「「口」」
「く、くくく口……」
「落ち着け」
指を下げていく。
「胸」
「「むね」」
「むねにく」
「クリュ君。お腹空いてる?」
次。
「お尻」
「「「おちり~」」」
「えっ、お、お尻駄目なの? えっお尻? ……そうだ、死のう」
「落ち着けっつーの」
「ほがあっ?」
リーンが手を挙げる。
「先生ー。ニケ君が殴ったのでフリーが動かなくなりましたー」
「何をしているの? 君たち……」
お子様ズより騒がしい組に呆れるしかない。
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