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第9話 授業 ①

♦ 「授業①~②」は子どもたちに性を教える話になりますが、少々生々しい表現があるかもしれません。苦手な方は飛ばしてください。飛ばしても話が分かるようになって……(ます。多分)。 「はい。それでは少しだけ悲しい歴史の話をしましょう。石器時代から女の子だけでなく、男の子も性犯罪や様々な事件の被害者になってきました」  せっき時代ってなんだよ……と、初手から意味の分からん単語を言うキミカゲに、ペポラの目が据わる。  女の子だけでなく男の子も、という言葉に振り返ったリーンがなるほどと頷く。 「先輩? なに頷いてんすか? 俺の顔を見ながら」  リーンはふいっと前を向いてしまう。授業中なので小声で話したから、聞こえなかったに違いない。 「声も出さない、何が犯罪なのかわからないような、性教育を受けていない子どもが狙われるんです。絶対に許せないね」  頁をめくると、いかにも「怪しい」人物が影から子どもたちを見つめている絵が、描かれている。それを見たちびっ子生徒たちは「やだー」「にげてー」「わいが倒してやるです。おりゃ、ああああ? 放すです!」「座ってろ」など、可愛い声を上げる。 「問題は被害者になるだけではなく、加害者になってしまうことも、あり得るってこと。幼い頃は悪気なく、性的な嫌がらせをしてしまい、相手を深く傷つけてしまうかも……」  一気にしゃべらず、ゆっくり話すことを心掛ける。そう、ホクトのように。  キミカゲは目線を合わせるように屈むと、ヒョウ柄の尻尾を持つちびっ子生徒に質問する。教師が一方的に話しているだけの授業は、お子様の脳には刺激にならないからね。 「君は、お友達が傷ついていたら。悲しい思いをしていたら、どう思う?」  ヒョウ柄の尻尾の女児は怒ったように拳を上げる。 「かなちいから、いや」 「……っ」 「泣かないでください、キミカゲ様」  呆れ気味のリーン君にぽむっと肩を叩かれる。おっといけない。年を取ると涙腺がゆるむ。子どもが喋っているだけで泣きそうになる。 「そうだね。他人を傷つけない子になるためにも。自分を大切に出来るようになるためにも。命の大切さを知っていこう」  キミカゲは元の位置に戻るといつもの笑みを見せる。 「この授業が終わるころには貴方たちが、他者をいたわり、自分に優しくできますように……」  覚えがあるだろう。子ども時代。子どもにとって性とは、まったく卑猥なものではなかったことを。  そもそも性という字は「心を生かす」と書くように、性教育とは本来、誕生の奇跡・愛し愛されること・自分の身を守ること。これらを伝えることにある。  ふふふ、やるぞとキミカゲは静かに闘志を燃やす。  教本を一旦脇に置いて、キミカゲはハチマキを頭に巻きつける。子どもにも分かるように額の部分にでかでかと「変質者」と書かれている。 「はい。じゃあ今から私が変質者をやります」 「え?」「キミカゲ様?」  ざわざわと声が上がる。  キミカゲはえっへんと腰に手を当てる。 「変質者役をやるって意味ね? 君たちはまず、こうすればいいと思う行動を取ってほしい」 「ええっと」「まあ、はい……」  なんか始まったと思いながらも、ひとまず全員起立する。  キミカゲ、いや、変質者は青い角と鱗に覆われた竜のような青い尾を持つ男児に近寄る。 「ボク、可愛いねぇ。道が分からなくて困ってるんだ。案内してくれない?」 「あい!」  青い角を持つ男の子は間髪入れずに元気よく頷き、キミカゲは頬を引きつらせる。  青竜の男児は可愛いと言われたことが嬉しかったのか、白衣にしがみついてくる。んんっ可愛い……って、違う違う! 「あれえ? ええっと、ではペポラ君」 「はい?」 「こうやって子どもが声をかけられていたら、君ならどうする?」  ペポラは目をぱちくりさせたまま首を傾げる。 「え? ……キミカゲ様子ども好きだな~って放置しとく」  キミカゲはハチマキを床に叩きつけた。 「そうじゃなくてえ! 私は今『変質者』だから! 私じゃないから。街をうろつく変質者Aって設定だから」 「ああ。そういうことね。完璧に理解した」  手のひらにぽんっと拳を打ち付ける。私の説明が悪かったばかりに、開始数分でどっと疲れた……。  気を取り直して、ハチマキを再び装着する。  しがみついていた子をそっと剥がし、今度は耳の部分が、手のひらサイズの天使のような羽になっている子に声をかける。 「ねえ。あっちに可愛い精霊がいたんだけど、見に行かないかい?」 「いく~」  のんびりした声で、しゃがんでいるキミカゲの腕にぴったりとくっつく。部屋の隅の方からぎりぎりと歯軋り音がする。  キミカゲは真顔でペポラを見上げた。 「いや、そんな、どういう教育してんだみたいに見られても……。不審者対策はしっかりと教え込んでいますよ?」 「発揮されていないんだけど?」  ペポラは困ったように頬に手を当てる。 「しゃーないでしょ、ハチマキ巻いたところで外見がどうしてもキミカゲ様なんだから。不満があるなら不審者着ぐるみでも被ってくださいよ」 「そう! それだよ」  どれですか? と蛇の目が見つめ返す。 「子どもはね。自分の周りに変なヒトなんていないと、信じているからね。一目見て怪しい、なんて不審者はいません! 一見外見が普通のヒトでも用心するように教えてほしい」  それは確かに。不審者が「自分不審者です」タスキなんてかけている親切設計なわけがない。  ぐっとペポラは言葉に詰まる。  キミカゲは天使の羽の子をぎゅっと抱きしめる。 「はい。ペポラ君。変質者が子どもにしがみついていますよ! 君ならこういう場合、どうする?」 「相手の頭蓋を折る」 「(相手が死ぬような)暴力はやめて!」  羽の子から離れ、笑顔でニケの方に歩いていく。 「では、フリー君は? ニケ君が声をかけられていたら、どうするかな~?」 「内臓を吐くまで殴ります」 「ここには修羅の国の住人しかいないの?」  額を押さえ首を振る。ま、まあ、この子たちは大丈夫だろう。  フリーの返答にリーンが若干引いている。 「今見たように、子どもはね? まったくといっていいほど危機意識を持ち合わせていないんだよ」 「でしょうね」  頷く赤髪に、キミカゲは「何かあったのかい?」と訊ねる。 「いや。ふと思い出したんですけど。俺が子どもの頃、知らんやつに声をかけられたことがあってよ」  もう相手が何を言っていたのかさえ覚えていないが、そのときはついていった先に何があるのか、自分の身体を触らせた先に何が待っているのか。 「全然そういうことを想像できなかったなって……おい、大丈夫か?」  倒れた教師にフリーが慌てて駆け寄る。 「キミカゲさんが泡拭いてる。早く医者を!」 「このヒトだよ」  リーンがツッコミを入れている間に、ニケが容態を確認する。 「子どもの頃のペポラさんが危険な目に合っているところを想像して、精神が耐えきれなかったようだな」  ニケの言葉に子どもたちとクリュが愕然とした顔で自分を見上げてきて、ペポラは焦って手を振る。 「おいおい。誤解すんな。金棒持った兄貴がすぐに追っ払ってくれたから、指一本触れられてねえよ?」  クリュは早く強くなろうと心に誓った。  キミカゲはフリーの手を借りてよろよろと起き上がる。 「は、はい……。というわけでね? 性教育を受けた子は、その先に何が起こるのかをしっかり想像できるようになるので、自分で判断し、自分を守ることが出来るようになるんだ……」 「キミカゲさん。ちょっと休みます?」 「大丈夫だよ」  椅子に座らせてもらい、ふうと息をつく。 「だから本当は子どもじゃなく、大人に、親に性教育は受けてほしいんだ。授業は頑張っても一時間や二時間そこらしかないから、どうしてもすべては教えきれない」  なので、家庭で、親が子に少しずつ伝えていくのが良い。と、キミカゲは思う。  性教育は百利あって一害なしだからね。性教育を受けないなんて勿体ないんだよねぇ。 「……」  おっと。子どもたちがぽかんとしている。今は難しい話をする場ではない。お子様でもわかりやすく伝えるようにしなくては。ここ大事。専門用語を並べまくって失敗した最初を思い出せ。紙芝居を手伝ってくれた妹に「お兄ちゃん。何言ってるのかわかんない」と言われただろう。  ぱんぱんと手を叩く。 「はい。では次……に行く前に、五分休憩にしよう。用を足したい子は行っておいで」 「「「はーい」」」

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