12 / 56

第12話 なんで僕の言うことを聞かないんだ?

「翁!」 「ちょっ」  子どもたちが騒ぎ出すより早く、近づく影があった。  オキンである。キミカゲの身体を掬うように抱き上げると、さっさと部屋を出て行った。  予想していたのか流れるような手際。  ぽかんとする三人にペポラがはあとため息をつく。どうもフリーたちではなく、キミカゲに呆れているような気がする。  ペポラは資料を確認しながら言う。 「部屋に寝かせに行っただけですよ」 「で、でも今、部屋は使えないんじゃ……?」  カーペット引き剥がしたんだし。 「ボスの部屋ですよ」 「そ、そうですか……?」  犬耳の子に頷く。  話を聞いていたらしいくるんくるんの栗毛の少年が、無意識で呟く。 「あれ? ではボスが毎回布団を敷きっぱなしにしている理由って」 「ばっか! オメエ。死にたいのか」  同僚が必死の形相で口を塞ぎ、少年をどこかへ引きずっていく。  それを見ながらニケの頬をぽよぽよ触る。 「あ、触っていい?」 「触ってから聞くな。……僕のほっぺに限定するけど、ほっぺならいつでも触って良いぞ」  拳を天高く突き上げる。 「ッシャアアアアア! やった。ありがとう~」  ではさっそく、すりすり。すりすりすり。んあ~。もちもっち。 「でへへへへ~」 「……」  リーンは後ろを振り返る。大声を上げたせいで注目を浴びているがまったく気にしていない。こいつには空気の読み方を先に教えた方が良い気がする。 「ニケさん。甘やかすのは良くないぞ?」 「飴です、飴。躾には飴と鞭です」  それっぽいことを言ってはいるが、尻尾が揺れているので、ニケさんが構ってほしいだけなんだろうな。    自室の前に立つと、戸が独りでに開かれる。  足元で蹲る影を見ることもせず無言で中に入ると、手に持っていた人物を布団に寝かせる。  髪を解き眼鏡を外し、世話を焼いているとおじいちゃんが目を開けた。 「ありがとうね」 「貴様。ヒトに無理するなと言う割には、自分は無理するのだな。そういうところだぞ」  叱られ、キミカゲは言い返すことが出来ず口をもごもごとさせる。 「だ、だって~」  あの楽しい空間から離脱する勇気が出なかったんだもん。  と、言い訳する前にオキンが乱暴に掛け布団を被せた。 「うぶっ」 「たまには自分の年齢を思い出すのだな」  言いながら足早に部屋を出て行く。忙しいのだ。 「うん。おやすみ……」  数秒もしないうちに鮮やかな白緑の瞳は、瞼で隠された。 「はあ」  オキンはどすどすと廊下を歩きながら、眉間を指で揉む。 (まったくあのジジイは。居るだけでストレスだというのに、人様に心配までかけおって)  何度聞いても耳を疑うような高齢なのだ。もう大人しく桃源郷に引っ込んでいてほしい。でもあそこ、子どもがいないんよな……。  母も最近は子どもを拾っていないと聞く。そりゃそうだ。母もそこそこお年なのだから。見た目はキミカゲ同様、若々しく美しく、それでいて愛らしい。上等な家のお嬢様なので髪も爪もしっかり手入れされている。……性格は若干闇を感じるところはあるが、聖母のように優しい御方である。 「ふんっ」  マザコンを全開にしながら、上機嫌で執務室へ戻る。 「あ、ボス」 「お帰りなさい。ボス」 「また母御のことを考えているんすか」  ……ペポラとは長い付き合いだが、こいつの「顔色を見て人の心を読む」技が本当に意味不明だ。女性は察する能力が高いと聞くが、やめてほしい。 「母上のことなど考えておらぬ。そろそろこの横断幕の文字を『母命』に代えようか、悩んでいただけだ」  部屋の中央で仁王立ちになり堂々と考えている竜に、「母のことしか考えてないな」と突っ込む勇者はいなかった。 (ほっ)  機嫌が良いためかニケはそこまで恐怖を感じなかった。竜を見るのを止め、視線をフリーに戻す。 「で、翁に何を聞きたかったんだ?」 「あ。聞こえてた? 聞こえないように呟いたつもりだったんだけど」  ほっぺがくっつく距離にいたのだ。聞こえるぞ。  フリーは自分の髪の毛先をいじる。 「髪の毛って、お金になるのかなって」 「ん?」  そんなに借金が苦しいのかと、リーンは心配になった。 「どうしたんだ? 急に」 「いえ。ニケが首都で魔九来来でぶっ倒れたときに……」 「えっ?」  もうここがどこか忘れたのか、リーンまで声を上げだす。 「に、ニケさん。そんなことになってたんか?」  身を乗り出すリーンに、思い出したくない記憶を掘り起こす。 「そう、なんですけど。僕自身、あまり覚えていなくて」  変な幻? を見せられたと思ったら目が覚めたからな。さっくりと首都の(散々な)土産話をすると、リーンはフリーの顔を見て一歩離れる。 「ニケさん。大変だったんだな」 「リーンさんも。なかなか……」  家が生ごみだらけ傷だらけにされていましたし。苦笑するしかないニケ。 「先輩。それでなんで俺から離れるんです?」 「お前。首都でどんだけ暴れてんだよ」  拗ねたようにフリーは左右の指を絡める。 「必死だったんだって。ニケが目覚めないから。生きた心地しなかったもん」  安定剤(ニケ)が倒れた時のこいつやばいな、と呆れながら腕を組む。 「乗っ取り系か。そんな魔九来来もあるんだな」 「リーンさんも聞いたことないですか?」 「ねえな」  首を振るのに合わせ、撫子色の髪も揺れる。 「で、魔払いを頼むための資金を用意しようとしたと?」  悲しげな顔になる。 「お金、めっちゃかかるって……。スミさんが髪の毛がお金になるって教えてくれて」  リーンは「そうなの?」という目をニケに向ける。 「まあ、この国では白髪は縁起物なんで。かつら以外にも使い道はあるし、需要もあります」 「ふーん?」  リーンが何気なく髪に手を伸ばし、触る寸前で授業を思い出したのかハッとする。 「……髪、触って、いいか?」 「どうぞ」  しゃらりと指で掬う。 「これがねえ……? でももう解決したんだろ? 『操縦士』とやらも見つからなかったようだし。きっと首都から逃げたんだって。お前の雷見たら誰だってビビるだろ」  ニケがうんうんと頷いている。 「それなのに何故まだ金の心配をしとるんだ?」 「うーん。やっぱちょっと長いなって……」  切って捨てるよりかは、売った方が金になるかと思い相談したのだが、 「……」 「? ニケ?」  ニケが頬を膨らませ、むっとしている。かああわああいいいいいいっ! 「えへっ、えへへへっ。なんでそんな、可愛い顔してるの~?」  つんつんと空気が入った頬をつつく。 「はあ、はあ、はあっはあ……。可愛い……はあはあはあ」 「……」  周囲の目が怖くなってきたので、涎を垂らしとろけた顔の変態をリーンはぺんっとはたいた。 「あいて」 「なんで叩くんですか? みたいな顔をすんな。ニケさん。怒ってるんだろ? その理由を聞いてやれよ」  なんでわざわざこんなことを言ってやらないといけないのだろうか。俺様はこいつの親か。  ニケにも「こいつに察してもらうのは無理だと思うぞ」と言いたかったが、いまは見守る。  フリーは顔を覗き込む。 「ごめん。てっきり可愛い顔を見せてくれているだけかと思って」  ニケは悟った目で横を向く。 「うん……いいんだ。少しでも察してほしいと思った僕が悪かったんだ」 「えっと。あの、ごめん? ね?」  ニケは自分の髪をくいくいと引っ張る。 「僕の髪、どう思う?」 「国宝?」  真顔で即答すんな。ニケさん困ってるだろ。と、ツッコミたいが我慢して見守る。 「僕は……お前さんが、髪を切ったら、嫌だ」  唇を尖らせ、つんと顔を背ける。  寝ている時、どうしてもフリーは寝返りを打つ。そのとき背中を向けられるのは悲しいが、髪が長いためフリーの代わりにしがみつくことが出来る。そんなフリー二号とも呼べる髪を切ることは許されないし許さないのだ。  ……なんてことは恥ずかしいので、言わないがな。  まあ、こやつは僕が嫌だと言えば、髪を切るのを止めるだろう。素直にそういえばよかっただけの話だ。  ふうやれやれと、自分の抱き枕が守られたことに安堵していると、フリーはまだ毛先をいじっていた。 「うーん。でも俺は切りたいなぁ」 「!」  守られていなかった。そのうえ、フリーが自分の言うことを聞かなかったことが、わりと大きな衝撃となってニケを襲っていた。  リーンも意外だったのかニケ同様口を開けて固まっている。 「え? なに? ふたりとも」  硬直からなんとか立ち直るが、ニケはまだわなわなと震えている。 「な。なんで僕の……言うことを、聞かないんだ? こ、故障か?」  ぺたぺたとフリーを触る。 「故障っ⁉ ……いやいや。だって邪魔だし暑いし手入れめんどくさいし。戦闘中も、正直うざいんだよね」  ぼろくそ言うやんけ。自分の身体の一部なのに。  白髪信者や、白髪になりたくて羨ましいと思っている者が聞いたら、ぶん殴られるぞ。 「俺はニケを守りたいのに。髪が障害になるなら、切るべきだろう?」

ともだちにシェアしよう!