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第14話 竜の庇護
カーペットが乾いたのでさっきの部屋で各々休んでいると、食事の時間だとボス直々に呼びに来てくれた。
「そんなわざわざ……」
驚くフリーたちをぴっと指差す。
「いいか? 客だからといって、豪華な飯が食えると思うなよ?」
夕食に信じられないくらい豪華な飯を食べたあと、リーンはオキンの部屋の前に来ていた。
(ど、ドキドキするぜ……)
早鐘を打つ心臓の上に手を置く。年中忙しい彼と話が出来る最適な時間は今だと、おじいちゃんに背中を押してもらったのだ。
「あ、あの」
意を決し、声をかけようとしたと同時に雪見障子が開いた。
「おわっ」
「入れ」
目を丸くするリーンを見もせず、すらすらと筆を走らせている。
ボスの部屋。おそらく一番陽が射しこむ立地と設計になっているはずなのに、どこか暗い感じのする部屋だ。影が濃いというか……
「お、邪魔します……?」
声が詰まったが何とか言えた。心配したキミカゲがついていこうか? と言ってくれたが断った。
(親同伴なんて恥ずかしいしな!)
手足を同時に前に出し、不出来なからくり人形の如き動きで中に入る。ぱんっと、背後でまた勝手に戸が動く。
「座れ」
敷きっぱなしの布団をチラッと見たが何も言わず、リーンは正座する。
「お。あ、失礼します」
潜んでいた闇の民――泥沼がすっと影から出て、おずおずとリーンに何かを差し出す。
「あ。どうも――」
てっきり座布団か何かだと思ったリーンはすのこを見て固まった。
(なんでっ?)
それでも一応受け取ると、泥沼は満足したように引っ込んでいく。
「?????」
訳が分からなかったがこの部屋ではすのこに座るのだと、無理やり納得したリーンは尻の下に敷く。しかし、すのこの上で正座するのは痛い。
悩んだ末にフリーのように体育座りをすると、やっとオキンが筆を置いた。
「待たせたな」
「いえ。忙しいなか、ありがとうございます」
身体ごとこちらを向いたオキンが、すのこに座った少年を見て目を丸くする。「あれ? 机の下に客用の座布団を用意してあったはず」と言いたげに机の下を覗き込み、ため息をつかれている。
すのこを仕舞っていなかった自分が悪いな、など小声でぼやき、リーンに来客用の座布団を渡す。
「これに座れ」
「え? あ、はい」
すのこの上に座布団を乗せ、その上に正座する。
「違う。そうじゃない」と言いたかったが、もういいや。
「それで? 話とはなんだ?」
「あの。おれ……私は光輪をなくしてしまって」
目上のヒトと話すのに、一人称「俺」のままではいけない。
「それで是非、オキンさんのお力を、借りたいと……お、思いまして」
「ふむ」
竜とは思えないほどきちんと背筋を伸ばして座っているオキンは適当に頷く。
「……」
沈黙が流れ、リーンは膝に置いた手をぎゅっと握り締める。
「それで?」
「え?」
ハッとなったリーンは見上げる。
「それだけか?」
こくこくと何度も頷く。
「は、はい! おれは。私は! 光輪を見つけたいんです。なんとしても」
地上から離れるにせよ、残るにせよ、光輪は見つけておきたい。リーンから完全体リーンに戻るのだ。でなければ、自分の身さえ守れない。
汗を流す少年に、オキンはあくびを噛み殺した。
「つまり情報が欲しい、ということか?」
「は、い。オキンさんは……あの。青い光輪が落ちていたーとか……聞いたことありますか?」
オキンは首を振る。
「ない。だいたい、青い光輪など今初めて聞いたわ」
オキンですら光輪の情報は持っていない。リーンはぐっ奥歯を噛みしめる。
「情報収集はベゴールのやつに一任しておる。情報の集め方なら、奴から学ぶとよい。……正式な依頼なら光輪を探してやるが、そんな金はないだろう?」
「は、はい」
金額を聞くのも恐ろしい。二重の意味で震え上がる少年に、「そんなに怖がらなくとも……」とオキンは微妙な顔になる。
「ワシの下につくというのなら、衣食住と身の安全は保障しよう。ああそれと、初めに言っておくが、給金は出んぞ?」
「ふあっ?」
リーンは立ち上がりかけた。
「……あ」
「まあ、そういう反応になるよな」と言いたげなオキンの顔を見て我に返り、すのこ座布団に座りなおす。
「ど、どういうことでしょうか?」
「うむ。子分共は文字通り『子ども分』として扱っている。『保護』という形をとっているからな」
中にはもちろん保護する必要の無い者もいる。だが始まりは「母の真似」だったのだ。頼れる大木(オキン)の下、安全な木陰を求めて色んな者が集まってきてしまい、今の形となったが、基本を変えるつもりはない。子分はオキンの子どものようなもの。……ならば素直に、子分共ではなく子どもたちと呼べばいいのに。
父親のような顔で肩を竦める。
「金が必要になったなら仕事を探すなり、金庫から持っていくなりするがいい。子分共が自由に使える金が置いてある。別に小遣いを毎月渡すのが面倒だから、というわけではない」
面倒くさいという表情をしておられる。
オキンは片目を閉じて腕を組む。
「無駄遣いは認めんが、多少のおやつを買うくらいは大目に見ている」
ミナミのやつなどは、髪を染める染料代を遠慮なく金庫から引き抜いてやがるしな。
ま、可愛いものだ。
「そんな……いいんですか? お金が自由に使えるとなると、いっぱい使っちゃうヒトがいたりなんか……」
「心配はいらん。その辺のことは金庫番に任せている」
「金庫番……」
となると、相当信の置ける人物が当てられているはずだ。なんせお金の管理をするヒトだ。
オキンは若干苦手そうな顔になる。
「ペポラだ」
「! あの赤髪の美人さんですか?」
「ああ。あいつは顔色で心を読むからな。隠し事も出来んし、嘘も見破ってくる」
ワシもあいつがたまに怖い、と顔色を悪くしてあぐらを組んだ足を揺すっている。竜でも心を読んでくる生物は苦手なようだ。
光明が見えた気がしたリーンの表情と声が明るくなる。
「で、では! お、私のことも子分に加えてくれるってことですか?」
対照的に、オキンは冷めた顔で息を吐いた。
「それで? 対価に貴様は何を支払う?」
「――え?」
「え? ではない。保護する代償に何を支払ってくれるのだ?」
(うぐっ! でも、そりゃそうか……)
最強種の庇護が受けられるのだ。ただではあるまい。
緊張しているせいで口内はからからだった。口を開くが、声にならない。
「……っ」
その様子を見て、オキンはすっと机の上の木製の「時計」に目をやる。時刻を示す装置(カラクリ)で、動力が無いのに半永久的に動き続けるといった代物だ。お土産にと兄のアギュエルからもらった物で、なかなか気に入っている。
そろそろ五分経ったか。竜と密室で正気を保っていられる時間がだいたいこのくらいだ。一旦、お開きにしたほうが良さそうだ。……子分共のように、徐々に慣れてくるとは思うがな。
そのことを星影の少年に伝える。
「きついだろう? では、この話の続きはまたにしよう」
「えっ? 私は大丈夫です! 続けさせてください」
いつぞやのベゴールのように声がかすれているぞ。
それだけ必死に訴えてくる。それに、焦っているな……。
この手の者は追い払っても執拗にまとわりついてくるだろう。そのくらい真剣で、思いつめた表情だ。
(追い払いたいが、今ここにはジジイがいるしな……)
思わず情けなくため息をついてしまう。竜であるワシが、ジジイ一匹に振り回されるとは……。
「よかろう。では、続けよう。でも声が出ないであろう? 泥沼よ。茶を淹れてきてやるがいい」
黒い水溜まりのようなものが、返事をするようにゆらゆらと動く。
すぐにお茶が用意された。リーンの横に移動した水溜りから、にゅっと黒い腕が出てきて、お茶を置いていく。……一人分だけ。
(こういうときはワシの分も持ってこんか。……まあよい。あとで言って聞かせよう)
頭を抱えたくなったが、泥沼は一番の新人だ。出来ないことがあって当然だろう。
「まあ、なんだ。飲め」
「……えと、はい。いただきます」
俺だけ飲んでいいのかな? みたいな顔の少年を促す。ぬるめのお茶が美味かったのかよほど喉が渇いていたのか、一気に飲み干した。
「ほっ」
多少は落ち着いたようだ。
表情を引き締める。
「対価は――な、何を支払えば、いいのですか?」
「まずは自分で考えてみよ。貴様にはなにがある?」
リーンは自嘲気味に笑った。
「光輪がない星影なんて……価値半減ですからね。俺にはなにも、ありません」
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