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第17話 頑張るリーンと見守る先輩たち

 死んだように歩くべゴールに続き、『情報部』という札がかけられた部屋にお邪魔する。 「入りますよ」  一声かけて戸を開けると、中に三名ほどおり和やかに談笑していた。  情報部の長の顔を見るなり三人はすっと起立する。 「長。ボスに呼ばれていたようですが、何かありました?」  部下の一人の質問に答えず、ベゴールは少年の背中を押してずいっと前に出す。 「おっと」 「新入りです。貴方たちと同じようにボスから押しつけられました。仲良くしなくていいですよ」  室内を眺めていたリーンは一人の女性を見つけると、びしっと腰を折った。 「初めまして! これからよろしくお願いします!」  急に大声を出す少年に横にいたべゴールが内心「うわっ」と肩を跳ねる。  ハツラツとした新入りに、三人はどこか同情するような眼差しを向けた。 「よろしくー」「元気だな」「本当に光輪ないんだね……」 「!」  頭を下げたままリーンは目を見開く。  情報部というだけあり、新入りの情報はある程度掴んでいるようだ。 (へえ……。正直、舐めてたわ)  こつんと頭を叩かれる。  顔を上げると、ベゴールが目の前に立っていた。 「いつまで頭を下げているのです。はいこれ。貴方の黒羽織です」  畳まれた状態の羽織を受け取る。  ぱらっと広げてみると、白い糸で果実の絵が刺繍されていた。果実赤丸(あかまる)。知恵の実と呼ばれる赤くて丸い果物。赤いのは皮だけで、中身はフレッシュな薄い黄色をしている。  情報部の一員という証である。 「ボスが過保護を爆発させて作った魔九来来防具です。毎日身につけるようにしてください。じゃないと、お客さんと区別がつかなくてややこしいですから」 (思ったより軽い……)  竜の鱗を使用した防具である。どのように強力な魔九来来でも鎧のように身を守ってくれるだろう。魔九来来防具でこれ以上の物はないと思われる。  正直、いますぐディドールに差し上げたいが……毎日身につけろって言われたしな。  眺めるのを止め、ばさっと袖を通してみる。  そして、すぐに脱いだ。 「? 暑かったですか?」 「いえあの……」 「もしかして、星空が写ることを気にしてます? たぶんそれは変化しませんよ。竜の鱗はありとあらゆるものを弾きますので……」 「えっ」  マジかッ⁉ そ、そそそんな着物がこの世に存在していたとは。  まじまじと着物の表面を見つめる。どっから見ても普通の羽織だ。  よーしこれ一生着てよ。もう脱がないぞ、これは俺様のものだもんね!  心底だるそうなべゴールのため息もなにも聞こえていなかった。  速攻で着こみ、キメ顔で両腕を広げてみる。サイズピッタリである。……それと、不思議と何かに守られているような。安心感を覚えた。  何故か三人が拍手してくれる。 「似合う似合う」「かわいー」「部屋に飾っておきたいな」  なんか一人だけ不穏なことを言った気がするが、ベゴールははいはいと手を叩く。 「私も貴方のことはリーンと呼びますよ?」 「どうぞどうぞ」  なんでこの子ドヤ顔しているんだろうと思いつつ、ベゴールは指を三つ立てて三人を指差す。 「はい。では最初の課題です。そこに三匹いますよね? 貴方の先輩です」 (匹……) 「本当はもう一人、くるんくるんの栗毛の少年がいるんですけど、いまお使いに出しているのでいません」 (台風なのに……)  とんだ鬼畜上司である。 「そいつらの名前と種族名を聞き出してください。方法は会話から引き出すか、誰かが話しているのを盗み聞きするか……まあ、色々ありますが、適当に頑張ってください。途中途中、アドバイスやヒントは出しますんで」  リーンは目をぱちくりさせた。 「入部テスト、みたいなものですか?」 「違います」 (違うんだ……) 「はいこれ。この無駄に広い邸宅内の地図です」  ぽいっと二つ折りの紙片を放り投げられる。  ざっくりとした手書き地図が描かれていた。部屋とどういった部屋なのかということ以外書かれていないが、非常に助かる。  尖った爪で地図をつっつく。 「地図にバツ印がつけられているところがありますよね?」 「もしかして、立ち入り禁止ですか?」  ベゴールは頷く。 「察しが良いですね。その通りです面白くない。立ち入り禁止部屋は襖開けた瞬間、ペポラ様に首絞められますから、死にたかったら開けてください」  さっきから言葉の端々に棘を感じる。  顔を引きつらせているリーンの後ろで、先輩方が「はあー」と項垂れたり額を押さえたりしていた。 「いいですか? このテストは新入りが入ってくるたびに開催していますから、いちいち周囲のヒトに『テスト中です~』と説明しなくていいです。邸宅内を好きに歩き回ってください」  リーンは先輩方三名を振り返る。 「そんなに邸宅内動き回る必要があるんですか?」  先輩方が一人ずつ説明してくれる。 「必要あるよ」 「私らの名前と種族名はごく一部のヒトしか知らない……設定だからね」 「ようは、俺たちの名前と種族名を知っているヒトを探す~、みたいな? そして聞き出せたらオッケーなテストだよ。これ。俺もやった」 「……はあ」  何故こんなことをする必要があるのだろうか?  ちらっとベゴールを見るも、腕を組んで全力でそっぽを向かれたので教えてはくれなさそうだ。  猛禽類の足が、神経質そうにたんたんと畳を叩く。 「だいたい理解しましたか? では、始めますよ」 「あっ、これって期限とか決まってるんですか? 今日まで、とか……」  ベゴールはだるそうに肩を揉む。 「決まっていません~。言い換えれば名前と種族名を知るまで永久に終わりません。ざまあみろ~」 (もしかして俺は嫌われてんのか?)  乾いた笑いを浮かべる。引いている新入りに構わずベゴールは手を挙げた。 「はい。では……始め」 (とにかく、やるっきゃねえ)  地図を持ったまま少年は部屋を飛び出す。たたたっと廊下を走る音を聞きながら、ローテンションの先輩たちは顔を見合わせる。 「当たり前のように跳び出して行ったな」 「若いって元気だな」 「私たちには訊ねないのね……。まあ、私たち『は』教えないけど」  ひとりが意味ありげに長の顔を見るも、ふんっと鼻を鳴らされただけだった。  リーンはやる気に満ちていた。  運が悪ければ、この邸宅内にいる住人ほとんどに声をかけなければいけない。  つまり―― (女性の方とたくさん話せる好機‼)  ぴょんぴょんと廊下を跳ねて進んでいると、第一村人――ではなく黒羽織を発見した。  目つきの鋭い方だ。  リーンを見ると、ああ、と思い出したような顔になった。 「貴公は確か新入りの……そうか。いつものテストか。……ってどこへ行く?」 「あ」  女性じゃなかったので当然のように通り過ぎてしまった。気づかなかったフリをしようと思ったが、まあヒントを集めよう。  何食わぬ顔で戻る。 「えーっと、その」 「ああ。ちなみに私のように、何の情報もヒントも持っていない『スカ(外れ)』もいるので、めげずに頑張るように」 (おがっ)  知らんのかい! と突っ込みそうになった。 「そ、そうっすか」 「ああ。それと廊下は跳ねないように。走るのも良くない」  そう言うとさっさと歩いて行ってしまう。 (やべ。走ってたか)  どうも地上ではばたばた走るのは好まれない様子。天上の故郷は広くて広くて、移動手段は精霊獣(せいれいじゅう)に乗るかとにかく走るかが普通だった。二百年そうしていたのだ。走るなと言われても足が走る。 (でも、フリーみたいなやつもいるもんな。ぶつかったら危険だよな)  ぶつかると飛んでいってしまうフリーを想像して小さく笑う。  やっぱり地上は合わねえなぁと思いながらも、出会うヒトに手あたり次第声をかけていく。 「そこのお嬢さん。情報部のパイセン方の情報を」 「あら。元気な子ね。ちなみに私はスカよ」 「お姉さん! 美しいですね。お茶でもしませんか?」 「……情報集め中だろ? 大物だなキミ……。それ終わったらお茶しような」 「ペポラさん! どういう野郎が好みですか?」 「俺の情報を集めてどうする。廊下は走るな」 「あっ幻影野郎テメェ! 誰の許可を得てドールさんに化けてんだオラァアアア!」 「いやあああっ。だから見破るの早いってえぇ!」 「……」  若干、呆れ顔のべゴールは静かに柱の影から顔を出す。  見守ってやらなきゃ、という気持ちなど毛頭無いが、長として監督義務がある。 「いやー。元気だなぁ。ずっと廊下走ってるし。走らないと呼吸出来ないんかな?」 「見事に女の子にしか声かけないね。女の子がいる道を選んでいるし。センサー的なものでもあるんだろうか? 星影って」 「ここに来る連中ってどこか暗い性格のやつが多いのに。輝いてんなー」  何故かついてきた情報部三名も、長のデカい身体に隠れてひょこっと様子を窺う。  まとわりつく三人に、ベゴールは拳を下ろした。  ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ。 「痛いですよ!」 「いたた……。あっ。見失っちゃう」 「おい。行くぞ!」  走っていないギリギリの速度で追いかける三人。  なんでこいつらの方が張り切ってんだと、ベゴールは頭を振った。

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