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第32話 星座のような繋がり

 同じ頃。仕事から帰ってきたリーンが広い廊下を歩く。  黒羽織を手に入れてから何日も経つというのに、リーンはまだ情報部の情報を手に入れられていなかった。 (女性以外の情報を集める気にならん)  これでは駄目だと分かっていても、どうしてもやる気が出ない。他の情報部の先輩たちはリーンのこの性格に苦笑いを浮かべるだけだが、ある日とうとうブチ切れたベゴールと殴り合……喧嘩になった。 (いやうん……。俺が悪いんだけども)  反省はしているがベゴールは結構強く、久しぶりの喧嘩はなんというか、楽しかった。頭がスカッとした。  庭でやり合っていたらいつの間にか見物人がいたし、「楽しそうだな」と乱入してきたペポラに二人纏めてぎったぎたにされた。つええよ、あのお方。  その日以降また喧嘩がしたくて、ベゴールにちょくちょく声をかけているが、 『話しかけんじゃねーですよ。失せろこの××××』  また一段と嫌われた気がする。  仕事のこと以外で会話してくれなくなった。  戦りたくてうずうずしていたせいか、フリーを蹴っ飛ばしてしまった。あいつはどうでもいいがドールさんの生け垣にまたやってしまうとは。俺様としたことが。 「尻いてぇ……」  ディドールが操る薔薇の鞭で百叩きされた――黒羽織がなかったら尻が四つに割れていたかもしれん――が、なんとも甘美な時間だった。嘘です。反省してます。  真っ赤になっている尻を摩る。  ようやく地図がなくとも主要施設やボス部屋の場所は分かるようになってきたリーンが、大広間に到着する。 「ただいま戻りましたー」  声をかけながら襖を開ける。中に数名おり、皆リーンの顔を見ると目を丸くした。 「どうした? 森の中でも走ってきたか?」  近くにいた方がリーンの頭や肩についた葉や木の枝を丁寧に取ってくれる。 「なんか、傷だらけじゃね?」 「いえ。ちょっとドールさんに叱られただけで」 「……喜んでないで、お詫びの品でも持っていけよ。何したか知らないけど」 「はい」  素直に頷いておく。ここにいるヒト、優しい方が多いんだよな。  当然のように優しくされるということに慣れておらず、照れた顔を隠したくて顔を背ける。  葉や花びらや小枝やらを捨てに行ったヒトを見送り、ボスに近寄る。その側にベゴールがおり笑顔で中指を立てられた。 (ぐっ)  オキンが銀の瞳を、かすり傷まみれの新たな子分に向ける。 「その傷が通り魔などにやられたわけじゃなさそうで、安心したぞ」  毎日会うようになったからというのもあるが、このおじさん竜普通に優しいのでもうすっかり怖がらなくなっていた。  頬を染めて頷く。 「はい。ドールさんの愛の鞭です」 「気持ち悪いですね……」  ぼそっとした声だったが、ばっちりと聞こえた。 「ベゴールさん。なんか言いました?」 「は? 気持ち悪いと言いましたが? 聞こえませんでしたか? それはすみませんねぇ。以後、気をつけますよ」  胸に手を当て、さも申し訳ない表情をする上司に、リーンのこめかみがひくひくと痙攣する。 「ドールさんの薔薇が気持ち悪いと言うのかっ? そんな包帯を巻いているからだろうが。新緑の月(五番目の月)頃が見ごろだから一回見てこいよ」 「いや、花に恨みはないですよ。気持ち悪いのはてめーですよ、てめー。それに何度か見たことあります」  火花を散らし合うふたりに挟まれながらも、涼しい顔で資料を眺めるボス。ジェリーや弟妹たちがよくこうして、何故か自分を挟んで喧嘩していたものだ。 「見てんじゃねーか。よく気持ち悪いなんて言えたな。感性死んでんのか?」 「あーイライラする。上司に対する口の利き方を教えてやりますよ」  ベゴールの包丁のような角がびりびりと震えている。怒りに反応しているようだ。でかい図体を立ち上がらせたとき、伸びてきた腕に腰を掴まれ引き寄せられた。 「ひえっ!」  間近に迫ったボスの顔。見慣れていても悲鳴を上げた。  ベゴールを捕まえながら、オキンはため息をつく。 「喧嘩は他者の迷惑にならんところでやれ。よいな? ベゴール」 「なっ、なんで私だけに言うのですか」  不服そうに叫ぶも、ボスはベゴールを離さない。 「爆発するとしたら、お前の方からだからだ」 「……」  ぐぬっと下唇を噛み、黙る。  今のうちだと、忍び足で出て行こうとするリーンに呆れつつ、床を指で叩く。 「座れ」 「はい」  観念した様子で隣に正座するリーンの頭に大きな手を置く。以前、これをやられたら死を感じていたが、いまはあったかいだけだ。 「それで? 何か用があって来たのではないか?」 「あ。そうでした。アリスコーヒー流星群の正確な日にちを教えてあげようと思って。今月の最終日です」  リーンの言葉に、忙しそうにしていたヒトたちの手が止まる。  そして、彼らは一斉にばたばたと倒れた。 「こっちは必死に流星群の日にちを割り出そうと、計算してたのに……」 「何アッサリ言ってくれてんだ。宙の民だからか……?」  よく見るとオキンの持っている資料にも流星群の文字があり、リーンは言ったら駄目だったのかと、おずおずとボスを見上げる。  オキンは面白そうに首を横に振る。 「流石だな。いやなに。領主から、星見酒したいから流星群の日を教えてくれと頼まれていてな。調べていたところだったのだ。助かったぞ」  アリスコーヒー流星群とは秋になると見られる天体ショーで、特に光が強いのが特徴だ。「一番はっきり見える流星群」として人気が高く、魔物や魔獣ですら天を見上げるという。  過去の記録から「だいたいこの日だろう」と予測することは出来るが、絶対ではない。領主からの頼みということで、出来るだけ正確な日にちを~と頑張っていた彼らは、喜んでいいのかどうなのか複雑な面持ちだった。  ベゴールはふっと笑う。 「へえ? やるじゃないですか。なんです? 星影は流れ星がいつ流れるかとか、わかったりするものなんです?」  混じりけの無い賞賛だった。このヒトこんな悪意無く笑えるのかと、リーンはあ然としてしまう。  ボスも興味ありそうにリーンの言葉を待っているので、なんだか照れてしまう。  居心地悪そうに視線を泳がせながら、リーンは言う。 「え、えっと……。アリストライオス様が教えてくれるんですよ。……頼んでもないのに」  最後の超小声が気になったが、好奇心が強いふたりは身を乗り出すようにリーンに近づく。 「誰ですか? それ」 「確か星神(ほしがみ)の一柱だったと記憶している」  オキンに頷く。 「分かりやすく言うと、大人の星霊がさらに出世して神になられたお方です」  帯の上から、夜宝剣をぱんぱんと叩く。 「夜光戦隊たちはアリストライオス様の眷属の眷属……ようは下っ端なんですが。星霊たちは星座のように繋がりが強いので、アリストライオス様が知っている情報は、シャインジャーたちも知っているってことになる、ので。正確には、主から情報を得たレッドが朝一番に意気揚々と教えてくれたんです。頼んでないのに」  やはり最後の一言が気になるが、そこには触れずに話を進める。 「貴重な情報どうも。星霊はまだ謎だらけですからね」  ふむ、とベゴールは顎を爪で引っ掻く。彼の癖だ。本人は気にしていないのだろうが、竜っぽい爪でがりがり肌を掻くというのは、見ている方が冷や冷やするのでやめてほしい。血が出るぞ。  周囲のそんな視線に気づかす、ベゴールは容赦なく肌を引っ掻き続ける。 「その、プトレマイオスという神は、あなた方にとってどういう存在なのです?」 「アリストライオス様です。誰だよそれ」  なんと説明すれば、と悩むが、ベゴールの顔を見てにやっと笑う。  んべっと桃色の舌を突き出す。 「ベゴールさんには、教えてやらねーよ」 「んなっ」  包帯の下で目を見開いたであろう上司の反応に、上機嫌で顔をニヤつかせる。 「生意気ですよ。あなた!」

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