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第38話 人相

 結局、フリーの代わり。ニケと一緒に首都に行ってくれそうな人材は見つからず。 「都合良くいきませんね」 「そうだね」  ニケたちは肩を落とし、くすりばこへと戻る。店の前では、診察待ちの列が出来ていた。  目を丸くするニケに苦笑する。 「え? え? 今日は(フリーの代わりに仕事行ってくれそうなヒトも探すために)診察はお休みにしたはず……」 「珍しくないよ。こういうこと」  急な休みにしたのは申し訳ないが、閉店しているのに並ばないでほしい。こういうことに慣れてはいるが、休日でももしかして並んでいるのかもと思って、ゆったりと休めなくなる。  患者たちはキミカゲを見つけるなり、わっと寄ってきた。 「キミカゲ様! 孫が急に熱を出しおって」「ねつなんかないもんっ。げんきだもん!」「娘が頭ぶつけて。平気そうにしているけど、顔が真っ赤なんです」「たんこぶさん。いたい……」「酒をたらふく飲んだのに手の震えがおさまらないんで、へぶあっ?」  大ぶりの徳利を持った兄ちゃんがビンタで吹っ飛ばされた。  しん、と空気が凍りつくなか、キミカゲが殴った手をプラプラさせる。 「呑むなつったろ」 「い、いやあの。この街の酒は美味しくて……。それにくすりばこ、すげえにおいするから、あんま来たくないんだよなーでもなー。手の震え止まらないしな~。でも、我慢してるんですよ? 朝から十三本は飲みたいところ、十本におさえたんですよ! すごくないですか? この俺が酒を」  キミカゲは懐からニ十センチほどの針を引き抜くと、何のためらいもなくまだ喋っている男の頭にぶっ刺した。 「減ら、ぎゃあああああっ?」  そんなに深く差してはいなかったが、抜いた個所からぴゅーと血が出た。  「血ぎゃあああっ」とのたうち回る酒飲み男。孫と娘を抱いた患者たちが一歩一歩、じりじりとキミカゲから後退っていく。ニケも看板の後ろに隠れる。  男はがばっと起き上がる。 「な、何を刺したんだ? はっ、もしかして震えが止まるツボを押したとか? いやあー、助かるぜ。流石はキミカゲさ……あれ? 止まってない?」 「一定以上の酒(アルコール)の量に反応して、毒に変わる液体を注入したんだよ」  ぽたたっと、針から滴る透明な液体。酒で赤くなっていた男の顔が一気に青ざめる。  キミカゲは優しく、絶対零度の微笑みを向けた。 「楽しみだね。お前がいつ死ぬか」  喚いている男の声を聞きながら、キミカゲは「本日お休み」の札を取っ払う。  孫と娘に見せないよう目を手で隠している患者さんたちに手招きした。 「おいで。診てあげよう」 「……は、はい」 「……」  ニケはチラッとのたうち回っている男を振り返る。 「翁? 本当に毒液なんて入れてませんよね? 脅すための嘘ですよね?」 「私は、頑張って治そうとする患者さんが好きだよ」  実家のように優しい白緑の瞳が、今は滝も凍りつきそうなほどだった。初めて入ったくすりばこに騒いでいた子どもたちも、そっと保護者の後ろに隠れる。  神使殿を追い回している時もそうだがこうして見ると、翁って人相が良い方じゃないな。もしかしてそれを隠すために普段、にこにこにこにこしておられるんだろうか。  そんなお子様たちを見て、キミカゲはにこっと笑う。あ、いつもの笑顔。 「もちろん毒じゃないよ? 怖がらせるために言っただけさ」  ニケはホッとする。 「で、ですよね? 翁がそんなこと……。じゃあその針の液体は、なんなんですか? 震えが止まる薬とか?」 「……」 「翁? なんで黙るんですか? 翁?」  くいくいと白衣を引っ張るも、何故か翁はこっちを見てくれない。 「さあ、ニケ君。小さい子が来ているから、絵本と甘いお茶を淹れてあげてくれるかい? いつものように頼むよ」  座布団の上で胡坐をかいた翁がぺしぺしと膝を叩きながら指示を出してくる。うやむやにされそうだなと何か言いかけるも、結局ニケは諦めて従う。 「はいはい。黄金屋さんのお菓子も持っていてあげますよ」  黄金屋と聞いて、少女が両手を上げる。 「わあ。おうごんやさん? 食べたことないー」  高級菓子屋の名前に保護者の方が申し訳なさそうにするも、ニケたちでは食べきれなかったので、助けると思って食べてほしい。なんせ約一人、戦力にならんのでな。  おむすびを頬張っている顔を思い浮かべながら、頭に絵本を乗っけ、人数分のお茶とお菓子を運ぶ。 「どうぞ」 「すまんなあ。キミカゲ様も。休みの日なのに押し掛けちまって」  頭を下げる保護者に、キミカゲは首を横に振る。 「いいんだよ。さ、順に診るからね。急に熱が出たんだっけ?」 「はい」 「ちょっとおでこ触るね?」  ひんやりした手のひらが押し当てられ、やんちゃそうなお孫さんがぎゅっと目と口を閉じる。  お孫さんはちらっと片目を開ける。 「ねえ、おじいちゃん」 「これ。キミカゲ様と言わんかい」  孫を叱る保護者に、苦笑する。 「いいんだよ。どうしたんだい? おじいちゃんに言ってごらん」 「ちゅうしゃ、するの……?」  怯えるような瞳に見つめられキミカゲは無意識に、腹に仕込んである針を着物の上から撫でる。  先ほどの恐怖映像は保護者のファインプレーで目撃せずに済んだが、キミカゲが太い注射器を持ってどこかの神使を追い回した話は有名だ。  自分も注射されるのかと怯えているようだ。  保護者はメッと叱りつける。 「男児たるもの! 注射ごときに怖がるでない。それでもわしの孫か?」 「……ごめん、なさい」  しゅんと落ち込む孫。  その光景を微笑ましく思い、最年長が余計なことを言う。 「血の繋がりを感じるね。君も注射に来た時わんわん泣いた挙句、漏らしたものね」 「てめジジイーーーッ!」  少女とその保護者が同時に咽たようにお茶を吹き出す。声を方に顔を向けると、顔を真っ赤にしたおじいちゃんがおじいちゃんの胸ぐらを掴んでいた。 「そのことは忘れろと……っ! わしには家長としての威厳があるの! 分かるかっ? 言うなっそういうこと!」  孫に聞こえないよう声を落としているのか、ニケの耳をもってしても聞き取りにくい。だが、キミカゲが余計なことを言ったんだということは、なんとなく分かった。  キミカゲは申し訳なさそうにぺしっと額を叩く。 「あっはっはっ。いや、ごめんごめん。ふはっ、はっはっ」 「なに笑っとんだオイ……。だから来たくないんだ。においきついし」  苦い顔をしながらも手を放す。もっと怒鳴りつけたいのだろうが、熱を出した孫を診てもらわねばならない。  ポカーンとしている孫の両肩に手を添える。 「さっさと診んかい! わしの孫は? どうなんだ」 「ふふっ。心当たりあるかい? 布団を蹴っ飛ばして寝ていた、とか。なにか無理をしたとか」  孫はううんと首を横に振る。 「お布団ちゃんと被ってるよ。無理は……よくわかんない」 「そっか。頭は? 痛い?」 「ううん。でもちょっと、ぼーっとするの」 「風邪だね」  メリネがいらんものを運んできたのかもしれない。  保護者のおじいちゃんが孫の顔を覗き込む。 「なぜだ? 身体を冷やすようなことをさせていないし、飯も上等なものをたらふく食わせている。どうして熱が出るんだ?」  年の割に良い生地の着物に身を包んだお孫さんに、目を細める。 「過保護二号」 「なんか言ったか?」 「驚かなくていいよ。子どもは急に熱を出すものさ」  おじいちゃんはキミカゲに詰め寄る。 「わしはきちんとやっているぞ!」 「誰も虐待だなんて疑ってないし、君の育児の下手くそさを責めていないよ。君が頑張っているのも、お孫さんを愛しているのも知ってる。そんなムキにならなくていいんだよ」  ぐっと、保護者おじいちゃんがのけ反る。  理解を示しておいて、キミカゲは急に突き落とす。 「まあ。娘さんの時に奥さんに任せっきりにしたせいで、育児の経験値が皆無なのは君が悪いけどね?」 「ぐはっ」

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