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第46話 紅葉街の治安維持隊

   寝ていたんだと思う。  遠くの蹄の音で目が覚めた。 「うに……?」  目を擦りながら顔を上げると、三号車の乗客が大きく手を振っていた。 「おおい! ここだここ!」 「紅葉街の維持隊が来たぞ」  助かったと言わんばかりにはしゃいでいる乗客たち。治安維持隊と聞き、ニケはがばっと起き上がる。 「え?」 「助けが来たっぽいですね。はあ……」  後ろを見ると、海の民の男性も目を覚ましていた。傷が痛むのかしかめ面だったが。 「え? 誰かが助けを呼んだんですか?」 「さあ……? 私も十秒前に起きたばかりですので」  雨は強さを増していた。着物の濡れ具合からニケが寝ていたのは三十分か一時間ほどだろう。そんなすぐに助けが来るなんて。  夢かと思い、頬をつねる。痛かった。 「夢じゃない……?」 「ですね」  ため息をつくヒレ耳の男性。  そうこうしている間に隊が到着し、先頭の者が馬からひらりと飛び降りる。十手に紅葉色のハチマキ。 「うわ。マジですか」 「ナカレンツア様!」  指示を求める隊員に、灰色鼠族の男はさっと周囲を見回す。 「すぐに救助を。乗客が全員いるか確認しなさい。それと賊は……なんじゃこりゃ。まあいいです。乗客から話を聞きなさい」 「「はっ」」  隊長の指示に、すぐに動き出す隊員たち。  そのうちの一人が、ニケの元に走ってくる。ほっとする紅葉街のにおいがした。 「ご無事ですか? 怪我をしているヒトは?」  海の民の男性がのろのろと手を挙げる。 「私と、そこの白髪の彼も、です」  言っておいた方が良いだろうと、ニケは声を上げる。 「あ、あのっ。山賊たちに刺さっている針は毒針なので、触らないように言ってあげてください」 「毒針だと? 一体誰が……」  三号車に目を向けると、維持隊の一人が蛇乳族を持って車から下りてきた。蛇男はふたりとも猫のように首根っこ掴まれ、手足をぶらんとさせている。この状態でも一人は寝ているし、もう一人は抵抗する素振りさえ見せない。でもやましいことでもあるのか、顔は真っ青だった。 「車の中で爆睡してたぜ。こいつらも山賊の仲間なのか?」  近くにいた女性客たちが、困ったように顔を見合わせる。  ひとりが寝ている方の蛇男を指差す。 「えっと……一応そのヒトたちが助けて? くれました?」 「多分……」 「きっと……」  自信なさげな女性たちに隊員は首を傾げるも、山賊ではないのならと蛇男たちを木陰にポイ捨てした。  山賊を捕縛しようとしている同僚に、ニケの話を聞いた隊員が待ったをかける。 「おい。下手に触るな。それは毒針のようだ」 「え? うわ、あぶね。触るとこだった」 「毒に耐性があるやつを呼べ!」  ニケは海の民の男性を振り返る。 「熱は出ていませんか?」 「……はっ。薬師の真似事ですか? お坊ちゃん。私は怪我の治りは早いので、お気になさらず」  翁のところで何人も見た。心配をかけたくないヒトの顔だ。弱みを見せたくない、または心配をかけるのが嫌で「平気」だと言ってしまう患者さんがいる。 (そういう方には、翁はめっちゃ怒るんですけどね……)  そういうわけなので、ニケは勝手に男性の額に手を添える。海の民の場合はどこで熱を測ればいいのかわからないので、額にした。  ぴとっ。  多分、ニケも不安で誰かと話したかったのだと思う。  すぐに水かきのついた手に、抱き上げられる。 「あのですね。喋るのにもこっちは命削ってんですよ。触るな、痛いから」 「なら、そう言えばいいじゃないですか」 「何ほっぺ膨らませてんだ。怒りたいのこっちでしてね」  先ほどの隊員が足早に戻ってくる。 「怪我人が多いから、紅葉街ではなく近くの村へ寄ります。ニケ殿は一人ですか? 保護者の方は?」  ニケは赤い目を丸くする。 「あれ? 僕の名前……」  隊員はじっとニケを見つめ、目の前でしゃがむ。 「ああ、失礼。くすりばこで一度だけ貴方を見かけたことがありまして。最初は座敷童かと思いましたけどね」  海の民の男性に目を向ける。 「貴方は? どこを怪我しましたか?」 「……」  痛いのか。唇は動いたが声にならなかった。代わりにニケが答える。 「背中を斜めに。結構深いです。熱も少しあります」 「ありがとうございます。さすが、キミカゲ様のとこに居るだけはありますね」  キミカゲの名前に海の民が目線だけを向けてくる。だが、体力が切れたのか何も言わなかった。 「ニケ殿。背中に掴まってください。移動します」 「はい」  しっかりと掴まる。背中に掴まると目の前にハチマキが垂れ下がるので、思わず噛んで引っ張って遊びそうになった。そんなことやってる場合ではないと、ぶるぶると首を振る。 「それでは、失礼します。痛いと思いますが暴れないでくださいね」 「え?」  右手で百八十センチを抱き上げ、左手で海の民を持ち上げる。  地の民の怪力に若干引いた顔で、海の民の男性は落ちないよう隊服に掴まる。  馬に乗せられないので、怪我人死人含めて乗客は車に詰めこむ。三号車が空いたため、全員入ることが出来た。  抜いた毒針は危険なので慎重に処理をしてしかるべき場所で破棄する。山賊は簀巻きにして馬の尻に荷物のように乗せた。山賊は全員、生きてはいた。 「隊長。どうしましょうか」  道が狭く、牛車をUターンさせられない。 「ふん」  少し悩んだが、隊長のナカレンツアは牛と車を繋いでいる紐を外す。自由になった牛たちは、係のヒトを探しているようだった。 「向きを変えられないので、我らの馬に繋ぎましょう」  一人の隊員が不安そうにつぶやく。 「この車、後ろ向きで走るでしょうかね?」 「知りません。根性で動かしてください」  隊長の無茶ぶりに慣れているのか、やれやれといった顔でなるべく体格のいい馬を選んでいく。  馬に繋ごうとすると、牛たちが隊長の元へ集まり、ぺろぺろと舐めだした。 「うわっ! なな、なんですか?」  三頭の牛にぺろぺろされ、灰色鼠族の隊長は素っ頓狂な悲鳴を上げる。  隊員たちはギョッとしたが、すぐに甘牛族の女性隊員が駆けつけてきた。 「落ち着いてください、隊長。暴れないで。刺激させてはいけません。……ふんふん。どうやらこの子たち『車を引っ張る』と言っているようです」  救出された隊長は近くにいた隊員の羽織で顔を拭う。 「隊長おおおっ」 「……ふう。仕事熱心な牛たちですね。それならその牛たちに繋いで、すぐに出発しますよ。別の賊が出ても、面倒ですからねえ」  最後に置き忘れているヒトがいないか最終チェックをし、隊と牛車は出発した。のろのろしていても急いで馬や牛を走らせても駄目。怪我に響く、かといってのんびりしていては、手遅れになる怪我人もいる。なかなか難しいが隊長は慣れた様子で馬を操る。隊員たちはそれについていく。牛たちはそんな馬について歩く。 「……なんで俺たちはここなんでしょうかね?」  三号車の屋根の上で、毒針使いの蛇乳族が不満げにぼやく。怪我をしていない乗客なら他にもいるのに、自分たちだけ屋根に積まれた。  枯れ木めいた男はどうでも良さそうにごろんと横になる。まだまだ寝足りない。 「さあ……? 治安維持の連中だし。俺らの悪党オーラでも感じ取ったのかもしれないな……」 「……」  毒針使いは寝ている兄貴が落ちないよう着物を掴み、景色を眺める。不満そうな表情はそのままだが、もう何も言わなかった。叩けばいくらでも埃が出る身だ。変に口を滑らせ、逮捕されてはかなわないというのを、わかっているからだ。  目指すは紅葉街と桃百村の中間にある、本当に小さな寒村。メリネで吹き飛んでいてもおかしくはないさびれた村だが、そこを目指す。  新入り隊員が馬を近づけ、仲の良い先輩に声をかける。 「あの、なぜそんな寒村を目指すのですか? たしかに紅葉街や桃百(もももも)村に行くよりは近いですが……」  先輩はあくびを噛み殺す。 「その村にはよく〈黒羽織〉が滞在しているんだ。なにかあるんだろうな……。彼らは最低限の薬草の知識や治療技術が必須科目だから、彼らの怪我も治せるかもしれない。俺ら(維持隊)よりは怪我や病気の知識があるしな」  新入りは声を落として後ろの牛車をチラッと見る。あの中には、いまも生死をさ迷っている者がいるのだ。 「確かに彼ら(黒羽織)は頼りになりますが、ナカレンツア隊長。黒羽織も嫌っていたのに? どうしたんでしょう? 頭ぶつけたんでしょうか?」 「結構言うよなお前。……今でもばっちり嫌ってるよ。でも、自分の感情で助かる命を見捨てるヒトでもない……。性格はクソだし仕事態度もクソだけど、一応不正や賄賂なしで隊長にまで上り詰めた方、だしな」  「尊敬できないけど、ついていくに値するヒトだと思う。ギリな」とだけ言うと、先輩は仕事モードに切り替わる。  そして――背中に幼子をくっつけている同期に目を向ける。 「で、お前は何で赤犬族背負ってんの?」 「え?」  同期はぽかんとしたあと、後ろを見て目玉を飛び出させていた。 「あれ? ニケ殿っ? なんで背中にいるのっ?」 「今気づいたんですか……?」  大声に一度だけ隊長が振り返ったが、何も言わなかった。 「どーりで背中温いと思ったら。え? あれ? あの海の民と白い人と一緒に、車の中に入れなかった?」  ニケは隊員の肩に顎を乗せる。 「車の中。ちょっとでも場所を空けようと思って」 「つまり狭かったからこっち来たんだな?」 「違います! 気を遣ったんです」  ぷくっと頬を膨らませるニケに、周囲から小さな笑いが起きる。 「あの、皆さんどうしてこんな早く駆けつけてこれたのですか?」  笑い声が一瞬で消えた。  ニケはきょろきょろと首を動かす。 「あれ?」 「……ニケ殿、俺から離れないでください。……賊です」  厄日は終わらない。

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