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第50話 でもあの蛇乳族たちとはまた会う気がする

「髪の毛くらい、全っ然良いですよぉ!」  せっかく顔を出したのに、ニケのヒップアタック(不審者撃退案・その四)ですぐさま納屋へ消えていく。 「ちょ、怪我人……」  後ろ手で、戸を閉める。 「駄目です。あやつの髪の毛一本でも、僕の物です」 「はあ……」  思ったよりガードが堅いな。これを逃せば、次いつ出会えるか。出会えないと思った方が良い。なんとしても白髪が欲しい。  内心爪を噛んでいると、横から飄々とした声がした。 「やあ。首都に行くのなら、俺らも乗せてってよ」  どこにいたのか。この二日まったく顔を見なかった蛇乳族の男だった。 ((うわ))  会いたい相手というわけでもないので、ニケとシェルの顔が露骨に歪む。  桜色の羽織の後ろに毒針使いもいて、ニケは一歩下がり、シェルは丁稚を背で庇う。 「あなた方を乗せるメリットが、見当たらないのですが?」  流石商人。即断るのではなく、利益を提示しろと言う。  そう言われると分かり切っていたのか、枯れ木のような男は笑顔で顎を撫でる。 「道中、また賊が出ても追い払ってあげるよ?」 (ヒトを騙す詐欺師みたいな笑みですね……)  即刻目の前から消えてほしいが、彼らが賊相手に怯まなかったのも事実。 「しばしお待ちを」  そう言い、シェルはしゃがんでニケに耳打ちする。 (白髪はもういらないので、あなた方も車に乗りなさい)  ニケはえっと目を見開く。 (どうしたんですか? 怪我がまだ痛むんですか?) (いえ。あの蛇共が怖いので、もしもの時はあなた方を盾にして逃げようと思って)  普段なら問答無用でビンタしているがあまりに隠すことなく堂々と告げられ、毒気が抜けた。  やれやれとニケは腰に手を当てる。 「……構いません。車に乗せてください」 「お。話の分かる御仁ですね」  腰を上げ、シェルは蛇乳族共に大人しくしていてくださいねと告げている。  喜ぶ蛇男と笑うシェル。 (まあ。いざとなればこやつら全員、黒こげにしてやればいいしな)  幼子が一番物騒なことを考えているなど、誰も気付かなかった。  村のヒトに、二日間お世話になった挨拶をして回る。  黒羽織はまだ休んでれば? と言ってくれたが断った。「じゃあ、多めに持っていきな」とニケの薬箱に薬や包帯を詰めてくれる。使い切ってしまったので本当に助かる。  薬代を払うと言ったが「キミカゲ様に請求するんで、お構いなく」と、今度はこっちが断られた。  村長の娘さんは「よければまた、遊びに来てね」と、花を一輪摘んでくれた。鼻を近づけると、さわやかな香りが心地好い。  維持隊はほとんど撤収したが、一部は残ってくれたので、そのヒトにも声をかける。  副隊長は髪に花を挿したニケを見つけると、屈んでくれる。 「もう行くのか?」 「はい。お世話になりました」 「本当に尻尾とか、隠してないんですよね?」 「……なんで毎回その質問を、するのかな?」  これ、とフリーを叱り、副隊長に手を振る。 「では、行ってきます」 「気をつけてな」  花を散らさないよう、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。  同じ車だった旦那さんと奥さんは、今年は首都行を見送るようだ。怪我をしたし怖い思いもしたのだ、無理もない。  旦那さんは朗らかに笑う。 「会えてよかった。知らないヒトに、ついて行かないようにするんだよ?」 「はい!」 「……」 「あのぅ」  名残惜しいのか奥さんはニケを抱きしめたまま、なかなか放してくれなかった。後ろで順番待ちのように、フリーがうずうずしていた。  さほど大きい車でもないので荷物にシェル、丁稚、蛇乳族二名、ニケとフリーが乗るとぎゅうぎゅうだった。狭い。  シェルは一番身分の低い丁稚を摘まみ上げる。 「この子は屋根にでも置いておきますか」 「貴様ぁ! おほっぺ様を雑に扱うなら許さんぞ俺に下さい!」  目を血走らせた白髪の叫びに、御者までが振り返る。ニケは分かっていたという顔で、耳を塞いでいた。 「……」  強張った顔で、丁稚を抱いて下がるシェル。丁稚は初めて大人に抱きしめられたという顔で、「ほわ……」と小さな感動を零す。 「は、はあ? なんですか、おほっぺって。ま、まあいいでしょう」  同じくぽかんとしている蛇乳族共に、シェルはにこっと笑いかける。 「屋根、空いてますよ?」  やっぱりな~という顔をしながら、文句も言わず屋根に移っていく。  広くなった。毒使いと同じ車内にいるなど御免だったのでちょうどいい。  シェルはいとこに声をかける。 「出発してください」 「はいよ」  牛が鳴き、がらがらと車輪は動き出す。  見えなくなるまで、村長の娘さんと副隊長が手を振ってくれていた。  ニケたちも、見えなくなるまで振り続ける。  蛇乳族たちは屋根の上が気に入ったのか、ぽけーっと景色を眺める。  困り眉の男は治安維持隊から離れて、ホッとした様子だった。 「なんとか首都に、行けそうですね。兄貴……」 「そうねー。ついたら起こしてね」 「……まだ寝るんですか? 冬眠には、早いですよ?」  話し相手がいなくなったので毒針使いはぷらぷらと足を揺らし、退屈そうに空を仰ぐ。  まだまだ夏の風が、ふわりと三つ編みを揺らした。 ♦  少し日の出が遅くなったように思う、早朝。人通りはまばら。  道中賊に会うこともなく、シェル(海流商会)の牛車は首都に到着した。  以前来た時より、建物が装飾などで賑わっている。 「大会の日の朝、って感じ」  ずっと屋根の上は気の毒だと、場所を交替したフリーが興奮したように周囲を眺める。その膝の上で眠い目を擦っているニケ。 「大会が本日正午から、ですのでね」  シェルは寝ている丁稚を揺すって起こす。  なんせ国王の孫娘が参観するのだ。  好奇心や愛国心から、周囲の街や村からもヒトが集まり、商人も集まる。ヒトが増す分、犯罪も増える。そのため治安維持のエリート「玉蘭(ぎょくらん)」も出動しなくてはならない。そしてその玉蘭見たさにファンが集まる……。  国王の孫娘はランランアート大会を「尖龍国の三大祭り」に押し上げた存在である。まあ、本人は終始微笑んでいるだけで特にこれといって何もしていないのだが。そんなことはどうでもいいのだ。肝心なのは「上位存在が我らの祭りを見に来てくれる」ということ。アイドルが地方の祭りに参加するようなものだ。  シェルはうんざりした顔をする。 「間に合って良かった。約束の時間に遅れるなど、商人失格ですのでねぇ。――止めろ」  シェルの言葉で牛車は緩やかに停止する。  祭り会場近くでシェルは、フリーや蛇乳族たちをペイッと降ろした。 「ぶっ」 「わんっ」 「おっ」 「ぶっ」  フリーと三つ編みの男はきれいに顔面から着地し、ずっと寝ていた男はいま目が覚めたような顔で「???」と尻を摩る。ニケはフリーの背中に尻もちをついた。 「短い付き合いでしたが、お元気で」  素っ気なくそれだけ述べると、牛車は再び歩き出す。車はすぐに見えなくなった。 「「「「……」」」」  四人は寝ぼけた頭で見送る。文句を言う暇もなかった。  時間が惜しいのだろうが、乗せてくれたお礼くらい言わせてほしい。  屋根から落とされたフリーは拗ねたように口を尖らす。 「ちぇっ。結局髪やヒレ耳に触れなかった」 (蛇乳族より警戒されていたな)  こやつらしいな、とぺちぺちと顔を叩いて眠気を飛ばす。 「はーやれやれ」 「最後まで雑な扱いでしたね……。私ら」  背後で蛇乳族二名が砂埃を払って立ち上がる。彼らが変なことをすれば迷わず雷を落とすよう伝えておいたが、彼らは、というか、彼らの片方はずっと眠っていた。猫でもそんなに寝ないぞと思うほど寝ていた。  季節外れの羽織の男が腹を撫でる。 「お腹空いたわ。ご飯行こう」 「まずは仲間と合流しましょうよ……」  彼らはフリーたちに興味ないのか、さっさとどこかへ歩いていく。  毒使いが消え、精神的負担が減った。

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