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第53話 ほっかむり花子

 妥協と期待。相反する熱のこもった眼差しで見つめていると、仮主もこちらを見てくる。  鬼はにこっと、分厚い笑みを作る。 「強いヒトを探しているなら、素直にオキンさんのところへ行きなよ」 「オキン……? 竜か? 我は竜に興味はないですね」 「はあ?」  強いと言ったら竜なんでしょ? と言いたげな青年に、温羅は左手を軽く腰に当てる。 「強い種族は強くて当然でしょう? 鬼は、竜以外で強き者を求めるんでさあ」 「よくわかんないね」  苦笑する程度に留めておく。誰にだってこだわりはある。フリーだって、ほっぺならなんでもいいんだろ? と言われれば、ちょっとモヤっとする。 「フリー。そろそろスミさんのところへ行かないか?」  敵意がないことを感じ取ったのか、ニケは落ち着いていた。 「そうだね。あの、温羅さん?」 「温羅、でよろしいですぜ?」 「……温羅さん。これからニケの友人のところへ行くんで、ついてくるなら、大人しくしててくださいよ……?」 「承知」  先ほどの敬愛の礼をして、頭を下げる。  ニケを抱っこして心に余裕が出来たのか、フリーは冷静に鬼のつむじを眺めることが出来た。 (大人しくしてて、と言ったけど、このヒト初めから暴れようとしてなかったな……)  パニックになったフリーが一方的に攻撃しただけだ。それなのにまったくやり返してこなかった。  この鬼に良い思いはないが、ちりっと罪悪感で胸が痛んだような、痛まなかったような。  十二区にあるスミの仕事場。  大会は今日の正午から。スミは時間ギリギリまでランランの、最終調整を行うつもりだ。生きている間、毛が伸び続けるランラン。ミリ単位の調整。前回優勝を逃した自分。それらが熱気となり、鋏は高速で毛を切っていく。 (ほぼ完成した、か……)  こんな大事な時に来客でもあればアイスピックをぶっ刺しているだろうが、今回はきちんと手紙を受け取っていたので、フリーとはいえ笑顔で出迎えることが出来た。 「それなのに蹴られたんですが?」 「ごめん……。なんかフリー君の顔を見たら足が勝手に」  ニケには笑顔で、フリーには蹴りで出迎えたのは、衣兎族の青年。  ところどころ金が混じった黒髪から伸びる、ふあふあなうさ耳。褐色の肌に青いシャツに黒のズボン。フリーと一歳差なのにもうがんがんお酒を飲んじゃっているお方、アイスミロンである。 「勝手に動くって、それだけ俺のことが好きってこと?」  ばちんっ。 「ニケ。来てくれたのか。待ってたぞ」 「わうわうっ。お邪魔します」  無言でフリーをビンタしたスミは、しゃがんでニケを撫で回す。もみくちゃにされながらも、ニケは笑顔を見せる。 「会えてよかったです、スミさん。会えないかもと、諦めてましたもん」 「え? なんかあったの?」  また何かに巻き込まれていたのだろうか。ぐいぐいと胸板に額を押しつけてくる幼子の背中を摩ってやる。犬尻尾が左右に振れる。  べそべそ泣くしょーもない主に、温羅はそっとハンカチを差し出す。  そこで初めて気がついたスミの青い瞳が、みるみる凍りついていく。天下一の危機察知能力が、変態(フリー)に向けられていたせいだろう。それと鬼が気配を押さえていたのもあり、やっと気づけた。 「うわっ! 鬼」  ニケを持ったまま仰天して立ち上がる。  スミの大声に驚いたのか、奥から雲が出てきた。手で千切ったような綿、としか言い表せない菖蒲(あやめ)色のもふもふ。  ただの獣・フワランモフラン。個体名を花子。オス。  牛や羊のように、家畜としても重宝される動物である。一部のヒトに高い人気があり、獣くさいが抱きつくだけで幸せになれるもふもふの化身。  一応、四足歩行らしいのだが、目も鼻も手足も何もかも、毛に埋もれていて視認できない。  フリーでも見上げるほどの大きさのそれが、ふわふわと歩いてくる。だが、以前とは違い、身体に布を巻いていた。人間でいうところの「ほっかむり」のように。おかげでもふもふした毛があまり見えない。  そんなの関係ねえ、とフリーの目がハートになった。 「花子さああん! 会いたかったぐえっ」  うわっほーいと駆け寄ろうとして、重めのスミパンチを喰らい、地面に倒れる。弱い種族とは思えないほど腰の入ったいいパンチだった。「ほお」っと温羅が感心する。 「スミさん……。さっきから愛が、痛いんですが……」 「花子は今、作品が完成した状態なんだよ。布を巻いているのは毛が崩れないよう保護するものだ。指一本でも触れてみろ殺す」  口調は穏やかだったが、人を殺しそうな目つきだったので温羅の背中に隠れる。 「えぐっ、えぐっ」  情けない姿に、温羅の目が遠くなる。  花子を背中で隠しながら距離を取り、スミは腕の中のニケに訊ねる。 「なあ、あの鬼は? 知り合い……なわけないよな?」 「うう~ん。なんと言ったものやら」  知り合いと言えば知り合いだが、けっして友人とか親しい間柄ではない。  考えてもいい言葉が浮かばなかったので、それよりも言いたかったことを優先する。 「まあ、それは置いといて」 「置いとかないで? 二足歩行する災害を」 「作品、出来上がったんですね。スミさん。僕ら、応援してますから」  ぐっと両拳を握るニケを見つめ、やがてやれやれと苦笑する。 「まあ、な。といっても大会ではランランをお披露目するだけだから、特に自分は何もしないが。……まあ、応援してくれているヒトがいると思うと、緊張せずに済みそうだ」  頭を撫でられ、嬉しくなったニケはうにうにと頬をくっつける。会えて良かった。仕事の代理人に山賊にと、スミに会うどころか首都に来られないと思っていたから。  頬をくっつけていると気づく。 「スミさん、なんか痩せました……?」  元々スリムな方だが、さらに肉が薄くなったように感じる。フリーも大真面目に頷く。 「そうですよ。褐色というエロい肌に、艶がなくなった気がします」 「ニケ。あいつの脳天かち割る許可をくれ」 「僕が後でかち割っておきますんで、それで勘弁してください……」  いつまでも入り口で立ち話も何なので、全員を外とほぼ変わらない室内に招く。  仕事場の隅にはランランのカットされた毛が山と積み上がっており、 「うひゃひゃうひゃひゃうひゃひゃ」  ずぼっ。  フリーはなんか怖い笑い声を上げながらそこに頭から飛び込み、姿が見えなくなる。  花子も含め、全員が見ないふりした。

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