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さよならだって越えられる

 浪の音が聞こえる。  寄せては返す音。勢いをつけて流れ込み、名残惜しそうに引いて行く。その瞬間がどこか哀しい。 「愛に似てるね」  なんて、曖昧に笑顔を浮かべて彼は歩きだした。裸の足に波がじゃれつく。  白いシャツが太陽光を反射して目に眩しい。 「この海の先に何があると思う?」  こちらを振り返る瞳は凪いで、それに心がざわつく。 ーー行かないで。  なぜか無性に引き留めたくなって手を伸ばすがひらり、とかわされてしまう。 「ーーきっと、幸せがあるんだ」  ざぶり、とその身体が波にからめとられる。足首が、腰がみるみるうちに海に飲まれていく。  止めたいのに、自分の身体は動かない。 ーーまって。  彼は笑う。  寂しそうに、諦めるように。 「ーーもし」  なんて、ね。  空気を吐くように呟いて、彼は海にのまれた。それから。それから。  目が覚める。  それで初めて夢を見ていたことを自覚した。  シャツが張り付くほどの汗と、冷水を浴びたように冷えた身体が先ほどまでの夢がいい夢ではなかったことを示していた。  彼は、もういない。  空っぽになった部屋だけを残して、彼は消えてしまった。どこへ行ったのか誰も知らない。警察に届けを出したという話しは聞いたが、その後どうなっているのかはわからない。  連絡が来たのはあらかた、行方不明の手続きが一通り終わったあとだった。そういえばなんて軽い口調で、いなくなったらしい話を聞き、罪悪感にさいなまれた。  なにせ、ーー告白をしたあとすぐに失踪したらしいのだから。  ずっと、友人だと思ってきた。  幼馴染みだった。お互いのことをよく理解していて、昔はどこに行くにも一緒だった。時が経つにつれ付き合いはなくなり、進学先の違いから疎遠になっていたのだが、ばったり再会したのだった。  それから、呑みにいったり出掛けたりするようになり、その矢先に告白されたのだ。しかも、学生の頃から好きだったと言われた。  そのときの顔は真剣そのもので俺は怖くなって無理だ。といった。  どう考えても友人以上には思えなかった。  それを聞いて彼は、やっぱり、と寂しそうに笑ったのだ。  色素の薄い髪に、茶混じりの目。  昔から、女子に好かれる見た目をしている彼は、しかし男らしいというよりも可愛らしい、愛玩動物として好かれていた。男子からはなよなよしているといって仲間はずれにされることもあった。  それだからか、彼は幼い頃からの付き合いである俺によく懐いていた。  いつかはそれに優越感を抱いていたこともあったが交遊関係も広がり、疎遠になってからはそういえば仲良かったくらいにしかおもわなかった。 ーーあの時、なんと答えればよかったのか。  目を閉じれば自分の心音が聞こえる。  規則的な鼓動がどうしようもなく生を伝えてきて、何故かかなしかった。

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