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第1章 最初の三人2
教師たちもモンスターペアレントである赤松の両親に叱責されることをおそれて、手をこまねいていたのだ。
ある日、体育の授業でバスケのミニゲームをやることになった。赤松と俺のチームが対戦することになり、ゲームは接戦を繰り広げた。
ゲーム終了の一分前に赤松の手にボールが渡った。赤松は、そのままゴールにシュートしようと考え、俺のチームのメンバーを抜いていった。
そして俺がディフェンスをしたときに事件が発生した。
そのままゴールにシュートするなり、仲間にパスを回せばよかったのに、あいつは卑怯にも足を引っ掛けてきたのだ。そして俺は転ぶ直前に、赤松のゼッケンを引っ掴 み、ふたりして派手に床へ倒れ込んでしまった。そして赤松のチームは僅差で負けた。
赤松は自分がしたことを棚に上げ、逆恨みしてきた。
その日の午後から赤松の嫌がらせが始まった。
捻 挫 した足をわざと踏まれたり、放課後に学校裏に呼ばれて赤松とその取り巻きたちに、どつかれた。ことあるごとに嫌味や皮肉を言われ、教科書やノートを隠された。トイレの個室に閉じ込められたことや、掃除の最中にぬれ雑巾を投げつけられるなんてこともあった。
そんなことが何日も続けば、さすがの俺も精神的に参ってしまう。友だちだった弘樹を失った痛手も癒えてない状態で赤松の嫌がらせときた。傷口に塩を塗り込まれているようなものだ。
弘樹と絶交してから俺は尊と遊ぶことが増えた。出会ってから三ヵ月しか経っていないのが驚くほどに仲がよくなっていた。互いの家を行き来するのも当たり前になっていた。
尊の家で一緒に宿題をしていたら、ついため息が出てしまった。
すると尊は形のいい眉を八の字にして小首を傾げた。
「ねえ、葵ちゃん。また赤松くんに意地悪でもされた?」
「えっ……なんで?」
「だって、さっきから算数のドリルも、ぜんぜん進んでないし」
はっとなって俺は自分のノートへと目線をやった。最初の一問を解いてから、数式を写していない。それどころか無意識のうちにゲームのキャラクターの落書きを描いていた。急いで消しゴムで落書きを消していれば、ノートがビリッと音を立てて裂けた。
「あちゃー……やっちまった……」
俺はぐしゃぐしゃになったノートのページを破り、適当に丸めてゴミ箱へ放り込んだ。
「ねえ、ここ最近、ずっとため息をついてばかりいるよ。ぼくと話していても上の空だし」
「マジか……ごめんな」と頭を掻 いていれば、ふるふると尊は首を横に振った。
「ううん、謝らないで。ぼく、葵ちゃんのことが心配だよ。大丈夫?」
「ああ、もちろん大丈夫だ! ってカッコよく言いたいところだけど、ちょっとキツイわな。弘樹との一件もまだ引きずってるし」
「そっか。……そんなに真島くんのことが大切だった?」
尊は顔を俯け、変なことを質問してきた。
「大切……大切か……どうだろうな。けど、あいつとはめちゃくちゃ仲がよかったから、絶交しちまったことを後悔してる。本当はすげえ寂しいし、前みたいに話してえって思うよ」
俺は鉛筆をコロコロ机の上で転がしながら、尊に自分の心の内を打ち明けた。
「もちろん、尊にしたことは許せねえよ。支離滅裂なことばっか言ってたし。でも……こんなとき、あいつがいてくれたら真島の愚 痴 を聞いてもらえたんじゃねえかなとか、力になってくれたのかな? って馬鹿みたいなことを考えちまうんだよな」
カタカタと尊は身体を小刻みに震わせ、ポロポロと涙を流し始めた。
「ごめんね……ぼくのせいだ。ぼくが葵ちゃんと仲良くしたいって思って、話しかけたりするから……だから真島くんは怒ったんだよ。ぼくがいなければ、葵ちゃんは真島との仲が悪くなっちゃったんだよね」
「な、泣くなって! おまえのせいじゃねえって。あれは、わけわかんねえことばっか言ってる弘樹が悪いんだよ。尊は悪くねえ! つーか、なんで尊に対してあんな態度とったんだよって訊きたくなるし!」
あわてて、ズボンのポケットの中に入っていたポケットティッシュを手渡す。
「ありがとう」と礼を言いながら、葵は涙を拭いた。「でも……ぼく、葵ちゃんに何もしてあげられない……こんなんじゃぼくのこと、嫌いになっちゃうよね……?」
「大げさだな。これくらいのことで尊のことを嫌ったりするわけないだろ」
「ほんと? じゃあ――僕のこと、好き?」
大きな目をウルウルさせて尊が俺の手を取る。まるで図工の教科書に載っていた、なんとかっていうえらい芸術家が描いた天使みたいな容姿をした尊が、間近で見つめてきて思わずドギマギしてしまう。
「お、おう。もちろんだ! 俺は尊のことが好きだぞ」
「嘘……夢みたい……」
泣くのをやめた尊は瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかと思うほどに、大きく目を見開いた。
「夢じゃねえよ。だって尊、すっげえかわいいのに勉強も、スポーツもめちゃくちゃできるのかっけえし! みんなから好かれているの、すげえなって思う。そんなやつと友だちになれて、俺、うれしいよ」
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