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第1章 最初の三人3

「僕もだよ。僕も、葵ちゃんのことが大好き!」  いきなり抱きつかれたからビックリして固まってしまう。ぎゅうぎゅうと強い力で抱きしめられ、どうしようと手を上下させていれば、尊が耳元でクスクス笑った。 「じゃあ、僕たち――両思いだね」 「ん? 今、なんつった?」  よく聞き取れなくて聞き返せば、尊の腕が離れる。尊がにっこり微笑んだ。 「『うれしい』って言ったんだよ。僕、真島くんみたいに頼れる男じゃないけど……葵ちゃんのことを守るって、約束するよ!」 「マジか、ありがとな」 「あーっ! 僕の言葉、信じてないでしょ」 「そうじゃねえって。おまえが赤松にひでえことされんのは、やなんだよ。だから無理すんなって」 「もう……葵ちゃんったら。やさしいんだね」 「そりゃあ、どうも」と軽口を叩いていた。  月曜日、俺は教室の扉の前で目を閉じて深呼吸をした。ランドセルの持ち手を握りしめ、目を開ける。引き戸の取っ手部分に手をかけ、横にスライドさせる。  すると黒板消しが俺の顔面めがけて飛んできた。とっさによけたから当たらなかったもののガン! と音を立てて廊下の白壁にぶつかる。 「おいおい、何やってるんだよ、(まき)()ぉ? てめえのツラはミッドと変わらねえ。しっかり受け止めなきゃ駄目だろーが」  赤松がニヤニヤと意地の悪い顔つきで笑う。  赤松の友だちは、赤松の言葉を耳にしてゲラゲラ笑っている。  俺は馬鹿にされて悔しい気持ちをグッとこらえながら、両の拳を握りしめた。震えそうになる身体を(しっ)()して教室の中へ足を踏み込んだ。  クラスメートはだんまりを決め込んでいる。みんな、俺と赤松たちから目線を逸らしていた。  ふと弘樹と目があった。  だけど、あいつはバツの悪い表情になると、すぐにそっぽを向いた。 「ったく、野球部だったらマジで使い物にならねえよ。おまえみたいなやつがチームメートじゃなくてよかったわ! つーか、クラスメートとしてもいらねえよな!? そうだろ?」  話を振られて赤松の周りにいた連中は「そうそう、視界から消えてほしい感じ?」「つーか、邪魔だよな」「ゴミと変わんねえよ」「ゴキブリと変わんねえ。目ざわりだから(たた)きつぶす?」と、俺のことを攻撃してくる。 「……顔にボールとか、デッドボールもいいとこだな。どんだけコントロール力がねえんだよ。そんなんだからピッチャーに抜擢されなくて、万年ベンチなんじゃねえの?」  わざと(あお)れば、わかりやすく赤松は顔を真っ赤にして激怒した。 「てめえ、えらそうに……減らず口をきくんじゃねえよ!」  ズカズカとこっちに来たかと思うと乱暴に右手で胸倉を摑まれる。人でも殺しそうな形相をして赤松が睨みつけてくる。  負けじと俺も胸倉を摑んできた赤松のシャツの胸元を両手で掴み、血走った赤松の目をじっと見据える。 「なんだよ、やんのか? だったら一対一で殴り合いにしろよ、卑怯者」 「卑怯者? おれが卑怯だと? おい――もう一度言ってみろよ!」 「何度でも言ってやるよ。おまえはパパの金や、ママの力がなきゃ何もできない。取り巻き連中を使って人に意地悪をしたり、いじめる。そんなやつのどこが卑怯じゃないって? 自分ひとりじゃ何もできねえくせに……虚勢張ってんじゃねえよ!」 「この……クソ野郎!」  そうして赤松が拳を振り上げようとしたところで「やめて!」と尊が大声でさけび、勢いよく赤松にタックルした。  ガタイのいい赤松の身体が吹っ飛んだ。やつは思いきり黒板に身体をぶつける。「いってえ!」と赤松の喚き散らす声が教室いっぱいに響く。 「啓ちゃん!?」と金魚の糞をしている連中が、しゃがみ込んでいる赤松を取り囲む。 「尊! おまえ、何して……よけいなことするなよ! 危ねえだろ!?」と注意すれば、尊は泣いた。怖くてたまらないのだろう。足が生まれたての子鹿みたいに震えている。  だけど尊は「危なくてもいい!」と気丈に振る舞った。 「だって、僕、見てられないよ。葵ちゃんが赤松くんに殴られて、痛めつけられる姿を見たくない。そんなの絶対にやだよ!」  クラスメートたちは、自分が巻き込まれたくないからと傍観するだけ。あんなに仲のいい友だちだった弘樹だって助けてくれなかった。  だけど尊は違う。身体を張って俺を助けようとしてくれた。その事実にじんと胸が熱くなる。  鼻血を出した赤松が「てめえら、いい加減にしろよ!」と怒鳴る。 「いっ、いい加減にしたほうがいいのは、き、きみのほうじゃありませんか? あっ、あ、赤松くん!」  すると映画監督になるのが夢である、いじめられっ子の西(にし)()が赤松に話しかけた。その手にはビデオカメラが握られている。 「西屋ぁ! てめえ、何撮ってる? また()が大量発生した池の中にぶち込まれてぇか!?」 「ひいいいっ!」と西屋は引きつった表情を浮かべ、全身に電流でも流されているのかと思うほど身体を大きく震わせている。カラカラに乾いてしまうんじゃないかと思うほどの量の涙を流し、鼻水を出す。ひどくおびえているのは一目(りょう)(ぜん)だ。それでもビデオカメラを回すことだけは絶対にやめない。

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