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第1章 最初の三人4

 突然バンッ! と何かを叩きつけるような大きな音がして、教室にいた人間は全員身体を強張らせた。  学級委員長が両手で机を叩いて勢いよく立ち上がったのだ。  一同、()(ぜん)とする。 「いい加減にしてよ、赤松くん……」  委員長は落ち着き払った声で、ポツリとつぶやいた。目を大きく見開いて赤松を凝視する。  西屋とは打って変わり、その目には恐怖やおびえなど感じられない。普段、物静かな彼女は、その場にいる人間の身体がビリビリとしびれてしまいそうくらいの怒りのオーラを、放出していた。 「赤松くんのせいで学級崩壊寸前よ。いつもだれかに意地悪をしたり、いじめたり……今度は槙野くんや尊ちゃんにまで手を出すわけ」 「はあ、なんだよ、委員長。おまえ、もしかして槙野に()れてるわけ? なんだよ、泣かせるなあ。カップル成立か? おめでとー、今日から槙野と委員長は恋人同士でーす!」  赤松たちは俺と委員長を口笛を吹いたり、拍手をして冷やかす。  だが委員長は赤松たちの言葉に動じない。冷ややかな目つきで赤松たちのことを見下した。 「ガキくさ! そんなわけないでしょ。槙野くんは美和子ちゃんのことを好きだったし、美和子ちゃんだって槙野くんに惹かれてたんだから」  委員長の言葉を耳にすると赤松は、おちゃらけるのをピタリとやめ、委員長を凝視した。  すると委員長は右手の人差し指で赤松を指差して、大声を出した。 「あんたでしょ。あんたが美和子ちゃんのことも、いじめて学校に来れないようにしたんだ!」  吉野の名前が飛び出たものだから教室の中はざわつく。今まで沈黙を貫いていたクラスメートたちも口を開き、ヒソヒソ話を始める。 「委員長、因縁つけるのはよせよ。おれが吉野をいじめた? 決めつけてんじゃねえ!」  赤松は憤慨して近くにあった机を蹴り上げた。  女子たちの黄色い悲鳴があがる。  だが委員長は「決めつけなんかじゃないわ!」と赤松に対して食ってかかる。「私たちは、あんたが美和子ちゃんに片思いしていたのも、告白してフラれたのも、フラれた後もしつこくつきまとっていたのも知ってるんだからね!」 「そうよ、そうよ」「言い逃れするなんて見苦しいよ」と吉野の友だちが委員長に加勢する。 「赤松くんが前から飼育当番のときに動物たちを蹴ったり、毛をむしっている姿を見ている子がいるんだから!」 「泳げない西屋くんを池の中でいじめたり、ゴキブリの死骸を仲の悪い子の頭にのせたりしてたじゃない!」  事実を突きつけられて赤松は悔しそうな様子で歯()みした。  周りの連中も赤松と一緒になってやってたから、「啓ちゃんがそんなことをするわけないだろ!」と反論できずにいる。 「美和子ちゃんが自分をフッたのは槙野くんが気になっているからだもんね。それが許せなくて、あんなひどいことをしたんでしょ? だから、今度は美和子ちゃんと仲のいい槙野くんをターゲットにするんだ。おまけに槙野くんと仲がいい尊ちゃんにも、ひどいことをしようとするなんて――許せない」  委員長は両手をギュッと強い力で握りしめた。有無を言わせないような気迫で赤松に「謝ってよ」と告げる。 「はあ? なんで俺が……そもそもなあ」と赤松は言い訳を始めようとする。  だが、「当たり前でしょう。あんたにいじめられた子が何人いると思うのよ」と委員長は赤松の言葉をピシャリと()ねつけた。「このクラスにも西屋くんみたいにひどい扱いを受けている子がいる。ほかの学年の生徒も。みんな、あんたが何をやっているのか知ってる。大人たちだってわかってるんだから」 「てめえ、女だと思って調子に乗ってんじゃねえ……殴るぞ、クソアマ!」  三文芝居もいいところな、ひどい(おど)し文句だ。  いつも人を手の上で転がしたり、猫が獲物であるネズミや虫をいたぶるように、人を(あざけ)り笑ってきた赤松が追いつめられている。  苦しまぎれに頭に浮かんだ言葉を口にしているだけなのは明白だ。自分の手下以外のクラスメートがいる衆目環視の中で、委員長を拳で殴りつけたら、言い逃れができない。  委員長の両親は教育熱心な教師だし、親戚は教育委員会だ。人を散々痛めつけてきたろくでなしが、娘に手を出したら黙ってるわけがない。  だから委員長も赤松に意見するのを絶対にやめない。 「だったら殴ればいいじゃない、カメラの前でね!」  その言葉に、はっとして赤松は緊張の走った顔つきをして、西屋が回しているビデオカメラのほうへと顔を向けた。 「今まであんたが人をいじめてきた証拠がないから、先生たちも動けなかった。でも、これがあれば先生たちだって動く」 「西屋ぁ! てめえ、カメラを回し続けてみろよ……後でどうなるかわかってるよな!?」  最後の悪あがきで西屋を怒鳴りつける。 「駄目よ、西屋くん! 何があっても、その動画を先生たちに見せなきゃ!」  小心者の西屋は歯をガチガチ鳴らして、教室の片隅へと後ずさった。西屋に焦点を合わせていたはずのカメラのレンズが床を映し、震える手でカメラの電源を切ろうとする。 

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