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第一章 ウィルバートの帰還①
第一章 未熟な王子と暫定騎士
「我がアルヴァンデール王国の宿命とも言える『黒霧 の厄災 』が発生したのは今から十二年前のことにごさいますね。この厄災は、殿下の御母堂であるセラフィーナ様とその弟君のクラウス殿下が、そのたいっっへん、尊いお命を持って鎮められましたわけですが」
午後の柔らかな光が差し込む部屋に、老人の大げさに抑揚を付けた喋りが響いていた。
季節は初秋。夏の暑さは鳴りを潜め、時折涼し気な風が開け放たれた窓から入り込み、頬を撫でてくる。
「今日はその時、王族の方々がどのように動いたのか詳しくご説明いたします。まず、バルヴィア山から噴煙が上がったのが午後五時半頃で……」
その老人の講義を聞くのは若者一人だけだ。
マティアス・ユセラン・アルヴァンデール。
このアルヴァンデール王国の王子であり第一王位継承者。あと一ヶ月弱でこの国の成人である十八歳を迎える。
マティアスは亡き母セラフィーナ譲りの金の長い髪を掻き揚げ、緑の目で老人の指す壁に貼られた地図を見つめた。
マティアスに自国の歴史を講義しているのはアルヴァンデール王国一の大魔術師ベレフォード。
長い白髪と長い白髭の小柄な老人で、年齢は不明。もしかしたら千年以上生きているのではないかとマティアスは勝手に想像している。
そしてベレフォードは息をするように魔術を扱う。
「この時、陛下とクラウス殿下は王都ナティーノに。セラフィーナ様は嫁ぎ先であるカノラ村においでで、」
ベレフォードの話に合わせて地図上ではそれぞれの都市や村に光が灯った。
魔術が使えないマティアスには見えないが、ベレフォードの指示で光の妖精たちが光を灯しているいるのだそうだ。
幼い頃から何度も何度も聞かされた『黒霧の厄災』。
マティアスが五歳の時に起こったこの厄災で、マティアスは最愛の母を失った。
母のことは大好きだったはずなのだが、厄災発生当時の記憶はだいぶ朧気 で、他者から多々聞かされる母と叔父の英雄譚の方が印象は大きくなっている。
大人たちは未だにこの話をする時涙ぐみマティアスを憐れむのだが、その英雄譚の主役である聖女セラフィーナと、記憶に残る優しく気さくな母が一致しない。
十二年と言う歳月は大人達にとってはついこの前の事のように思い出せるのだろうが、十七歳のマティアスにとっては遥か昔の話だ。だから『黒霧の厄災』の話題はつまらなく、いつも当然のように眠くなる。
しかし、今日ばかりははっきりと目が覚めていた。むしろ興奮状態に近いのだ。
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