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第一章 ウィルバートの帰還②

 マティアスは地図を見つめながらベレフォードに質問した。 「なあ、ベレフォード。ボルデからここまで三日程だったよな」  いつになく真剣な眼差しの教え子にベレフォードは嬉々として答えた。 「左様でございます! バルヴィア山の(ふもと)にあるボルデ村はここ王都ナティーノから徒歩で三日はかかります。しかし当時クラウス殿下は輝飛竜(きひりゅう)に乗ることができましたので、移動はあっという間でございました!」  地図上の王都ナティーノが光り、指の先ほどの竜の影が映し出されると地図上を流れるように飛び回る。 「クラウス殿下は輝飛竜に乗り、まずカノラ村のセラフィーナ様の元に向かわれ、」 「いや、輝飛竜の話は良いんだ。徒歩で帰ってくるんだし」  興奮状態で進めるベレフォードの講義をマティアスは遮った。 「はぁ、『徒歩で帰ってくる』とは?」  マティアスの話している内容がわからずベレフォードは逆に質問した。するとマティアスは立ち上がり、地図の前まで歩み出た。  背筋が伸びた美しい背中で一つに束ねられた髪が揺れる。 「手紙では九月二日にはボルデ村を立つと書いてあった。今日が五日だ。昨日ここの森で野営しているだろうから、もうすぐ着くころじゃないかと思うのだが」  地図で王都ナティーノ北にある森を指でつつくと、ベレフォードが出していた光の印や輝飛竜の影が弾けるように飛散し消えた。 「……殿下。一体何のお話をされているのですか」  ベレフォードは頭を掻きつつ、あきれながら尋ねてくる。 「何って、ウィルがいつ城に着くかに決まってるじゃないか」  予想通りの答えにベレフォードは大きくため息をついた。 「お母上が勇敢に戦われた『黒霧の厄災』についてご説明していると言うのに……。マティアス殿下はいずれこの国の王となるのですよ。そのようなお立場で一家臣の動向をそこまで気にする必要はございません」  若い王子に対し真摯に説教をするベレフォードだが、地図の前に立ったマティアスは頭一つ分低い老魔術師を見下ろし笑いながら言った。 「それは無理だ。ウィルは私の騎士となる男だ。しかも会うのは四年ぶりなんだぞ」

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