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第一章 ウィルバートの帰還⑦

「なあウィル! この私に何か土産は無いのか?」  ウィルバートの笑顔に気分が良くなったマティアスはそう催促したが、ウィルバートは困ったように笑い言った。 「あの様な僻地、マティアス様にあげられるような珍しい物は何も無いですよ」 「そんな物は期待していない。ウィルがいつも手紙に入れてくれたろう? そういう物だ」  ウィルバートは一流の剣士であるが、意外と手先も器用で絵や工作が得意だった。だからいつも便箋の端にはボルデの草花や森の動物が描かれ、時には紙をナイフで切り出した切り絵風の栞なども挟まれていた。  マティアスはそれらを見るのが好きで四年間貰った手紙は大切に保管し何度も見返していた。  マティアスの催促にウィルバートは少し悩んだ顔をしつつ、上着の内ポケットから何かを取り出し、マティアスに渡してきた。  マティアスは掌に乗せられたそれを見て驚きの声をあげた。 「これ、ウィルが作ったのか⁉」  ウィルバートは苦笑いしつつ「はい」と答えた。  暗い厩舎内で眺めるには惜しくて、マティアスは急いで外に出た。  陽の光に照らしてそれをよく見る。  それは木彫りのペンダントだった。革紐が通された楕円の枠内に美しい雄鹿が浮かび上がっている。雄鹿の優しげな表情や、細かいツノの形状まで丁寧に彫り込まれ、さらに滑らかに磨かれたいた。  これまで紙でしか見てこなかったウィルバートの創作物だが、木彫りまで出来たとは驚きだった。 「凄い……。美しいよ。何故すぐ渡さない?」  マティアスは咎めるようにそう言うとウィルバートは困ったように口を開いた。 「マティアス様があまりに……その、大人になったので、こんな木で作った玩具の様な物を渡すのが恥しくなって……」  その答えにマティアスは「アハハ」と声を上げて笑った。 「何を言う。素晴らしい出来じゃないか。時間もかかったのだろう? それに手紙に描いてくれていた絵も、いつも楽しみにしていると返事に書いていたじゃないか」 「あ……あれこそ、子供騙しでした」 「止めろ止めろ。あの手紙があったから私は四年間もウィルが居ない淋しさに耐えられたんだ。それをお前が否定しないでくれよ」 「マティアス様……」  マティアスは貰ったペンダントを見つめながら撫でた。  長い時間をかけてウィルバートが自分を思って彫ってくれたことが嬉しくて堪らなかった。 「マティアス殿下。こんな所においでて」  突然誰かが声をかけて、二人に近づいてきた。 「やあ、アーロン」 「クランツ隊長」  マティアスはその人物に気軽に挨拶をし、ウィルバートは最敬礼で向き合った。  アーロン・クランツ。二十八歳。  緩くカールした明るいオレンジの髪を持つ優男だが、こう見えて近衛兵隊長を努めている。 「ご報告が遅れました。ウィルバート・ブラックストン、ただいま戻りました」 「ああ、ご苦労様」  アーロンはウィルバートの報告を軽く流すとマティアスに向き合った。 「マティアス殿下、どうぞお部屋にお戻りください。陛下より先にマティアス殿下に帰還のご報告をしてしまってはウィルバートも示しがつきません」  アーロンは優しげな笑顔を湛えつつも否とは言えない空気感を出している。 「ああ、そうだな。じゃあウィル、また後で」  そう言ってマティアスはその場を立ち去ることにした。ウィルバートから貰ったペンダントで幾分か気分が良くなっていたからだ。  何よりウィルバートはこれからずっとマティアスの側に居てくれるのだ。ゆっくり話す機会は多々あるだろう。  マティアスはそう思い自分の部屋へと戻って行った。

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