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第一章 赤りんご④

 マティアスが呆れつつ様子を見守る中、ウィルバートは懐からナイフを取り出し、小さく刃を入れ果肉の一部を切り取ると軽く匂いを嗅いで口に含んだ。 「んー! これはとても美味しい。素晴らしいりんごだ」  ウィルバートが少し大げさに感想を述べると姉弟は目を輝かせた。 「殿下、どうぞ」 「ん、もらおう」  ウィルバートが恭しくりんごを差し出してきたので、あえて偉そうに受け取り、その実を齧った。  早熟のりんごらしく酸味が強いが甘みもしっかりとあり、瑞々しく爽やかな香りが鼻を抜ける。 「おお、とても美味(びみ)であるぞ。君たちの家は良い仕事をしているな」  マティアスがそう褒めると姉弟はキャッキャッと喜んだ。 「騎士様もどうぞ」  少女がウィルバートにもりんごを渡し、ウィルバートは礼を言って受け取った。 「じゃあ、私達はもう行くから。気を付けてお帰り」  マティアスは姉弟にそう告げるとレオンに跨った。  二人に見送られて、再びポクポクと馬で進み始めた。馬上でりんごを齧りながら。 「んっ」  マティアスの後に付いたウィルバートが小さく声をあげた。振り向くとさっきウィルバートもりんごを齧っている。 「どうした? 毒でも盛られたか」  笑いながらきく。 「こっちの方が甘いですよ」  マティアスは実の所あまり酸っぱいものが好きではない。ウィルバートはそれを知ってて言っているのだ。  ウィルバートはマティアスに渡すべく、懐のナイフを探っている。自分の口をつけた所を切り取る為だ。 「ウィル」  マティアスはウィルバートに声を掛け、馬上からりんごを投げた。ウィルバートは驚きつつもマティアスのりんごを受け取った。 「そっちをよこせ。そのままでかまわん」  ウィルバートは一瞬躊躇したが、そのまま齧り跡が付いたりんごをマティアスに投げた。  他の者の齧り跡は嫌だが、ウィルバートなら構わない。マティアスは受け取ったりんごに齧りついた。  そのりんごは微かではあるが先程より甘く感じた。

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