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第一章 赤りんご⑥
騎士も結婚できるが、しない者も多い。主 が第一であり戦になれば妻子よりも主を守らねばならないからだ。
深い忠誠心で生涯独身を貫き、主第一でその生涯を捧げる。近衛兵隊長を務めるアーロンも独身だ。ウィルバートはまさにそのような騎士になるのだとマティアスは思い込んでいた。
「私には家がありません。陛下はマティアス様の騎士となるならば、どこかの貴族に婿養子として入り、そこから騎士となったほうが良いと仰っしゃられて……」
「わ、私の為だと……言うのか!」
確かに騎士や近衛兵の上官は貴族の子息がなることが多い。
だがマティアスは頭が混乱してきた。
「先方は私がマティアス様の騎士となるならば、現在の家柄は気にしないと言ってくださっているらしく。お嬢さんとはお会いしたことがないので、気に入って頂けるかはわかりませんが……」
(そんなの、気に入るに決まってるじゃないか!)
ウィルバートはマティアスから見ても整った顔をしている。笑顔は優しく、先程の少女でも頬を赤らめる位だ。女が拒否する訳が無い。
「私の騎士になる為に四年間も城を離れていたのに、まだ足りないと言うのか!」
マティアスが苦悶の表情を浮かべると、ウィルバートが「……申し訳ございません」と謝ってきた。
「お前が悪いんじゃない! 陛下はっ、何故そこまで私から……」
(ウィルを奪おうとするんだ……)
最後の言葉は飲み込み、マティアスはギリッと歯を食いしばった。
「陛下は、常にマティアス様とこの国の最善をお考えです。そして、それは私も同じです」
「私の為だと言うなら、結婚なんて不要だ! 成人した私がお前を騎士にすると言えば、家柄とかそんなのは関係なく騎士にできるのだから!」
「マティアス様……」
「そ、そもそもお前はその伯爵の娘と結婚したいのか⁉」
『したくないよな?』と思いつつ声を荒げた。
しかし、
「……私には、勿体ないお話だと思っております」
それはまるで結婚を肯定するかのような発言に聞こえた。
(ウィルは……結婚したいのか……?)
マティアスは心が凍りついていくような感覚がした。
「お前が、結婚したいと思っているのなら……私に止める理由は、無いが……!」
マティアスはウィルバートの顔が見られず俯いた。
「……そうですよね」
ウィルバートもまたマティアスの方を見なかった。
「……レオンとグラードの様子を見て来ます」
ウィルバートはその場にマティアスを残して湖へと向かった。
マティアスはウィルバートが居なくなると、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。
(どうして、どうしてウィルは私のものにならないんだ……!)
マティアスは心の中で叫び、ウィルバートと出会った時の事を思い浮かべた。
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