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第一章 赤紫の炎②

「ヒトの仔よ。怖がらなくてもよい。わしがその殻を破ってやろう」  その魔物はそう言って爪の長い手をマティアスに向けた。途端にボウッとマティアスの全身が赤紫の炎に包まれた。 「マティアス様ああぁぁ!!」  初めて聴くウィルバートの悲鳴。  マティアスの身体は炎に包まれたままフワリと浮かび空高く引き上げられた。不思議と炎はほんのり暖かいだけで肌を焼く様な熱さは感じない。だが自分が完全に魔物の手中に落ちている事実に焦りが募る。 「クソっ! 下ろせ!」  暴れ、声を上げてみるが全く手応えがない。 「どれどれ」  魔物が目の前までやってきた。木よりも高い位置で炎に包まれたマティアスはもはや睨むことしか出来なかった。  魔物はマティアスに鼻が触れそうなほど顔を近づけ、爪の長い手をマティアスの胸に当てた。そしてその手のひらは、ぬっ……とそのままマティアスの胸にめり込んでいった。 「はっ! あああぁぁぁ!!」  痛みとも違う圧迫されるような胸を潰されるような苦しさにマティアスは悲鳴を上げた。握っていられなくなった剣が手から離れ地面へと落ちていく。 「痛くは無かろう。そんなに怯えるでない」  魔物は呑気な調子でそう言いながら、マティアスの胸の中を探るように動かす。 「アハハ、そなたの連れ、物凄い形相で泣いておるぞ」  魔物がからかうように言う。ウィルバートの叫び声は炎に包まれたマティアスにも薄っすら聴こえてきていた。 「ふむふむ。そなた何やら面白いことになっておるの。まあ、ここは触れずに、開放してやるのはこっちだ」 「う……ぐ……!」  吐きそう強烈な圧迫感と共に、胸の中の奥の奥で何かが剥がされるような破かれるような感覚がした。 「これで良し。せいぜい楽しめ。ヒトの仔よ」  魔物は胸から腕を引き抜くと、マティアスの身体を覆っていた赤紫の炎を巻き取るようにして一瞬にして消えた。 「は……?」  高い位置でそのまま放り出され、マティアスの身体は落下していく。 「マティアス様っ!」  ドサッとウィルバートの腕の中に落ちた。  落下してきたマティアスの身体をウィルバートはしっかりと受け止めてくれたようだ。そしてそのまま湖へと走り水の中に飛び込んだ。 「マティアス様! マティアス様っ! ああ、どうかっ!」  水で冷やしながらマティアスの身体を確かめる。 「うぃる……」  混濁した意識の中でマティアスはウィルバートを呼んだ。

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