32 / 166

第一章 赤紫の炎①

 マティアスはアルホの丘でしゃがみ込みぼんやりと地面を見ていた。雑草の合間を蟻が列を作り歩いている。観察するでもなくただ見ていた。  五歳のマティアスがウィルバートを騎士に指名したが、それは『暫定』と言う扱いになり、形式上ウィルバートは近衛隊に配属となった。つまりは国王イーヴァリの配下だ。  兵士にあっさり組み敷かれた少年ウィルバートは、その後メキメキと成長を遂げ、今では近衛隊隊長アーロンと肩を並べるほどの剣士だ。  ウィルバートは兵士としての訓練の合間に、多くの時間をマティアスと過ごしてくれた。  お互い『黒霧の厄災』で家族を失った者同士、唯一無二の存在になっていたとマティアスは思っている。  だが、ウィルバートが結婚したらウィルバートにとっての唯一無二の存在は果たして誰になるのだろうか。 (妻かはたまた子供か……)  『子供』と言う存在を思い浮かべた時、マティアスの胸にものすごい焦りが込み上げてきた。  ウィルバートには弟と妹が居たらしい。  弟が四歳下で、妹が七歳下だったそうで、ちょうどマティアスが妹と同い年になる。ウィルバートの面倒見の良さはそこから来たものだった。  ウィルバートが弟と妹に掛けることができなくなった愛情の全てを、自分に注いでいるのだろうと言う感覚はあったが、実の子ができれば……。  十八歳になると言うのに、まだ産まれてもいない赤子に嫉妬するなどどうかしている。そう思うのだが、ウィルバートの中で自分以上の存在が出来る事が不快であり恐怖でもある。  何より妻を得たら子供を作るような行為をするわけで……。 (やめろ! 考えるな!)  想像しかけたビジョンに慌てて蓋をする。  マティアスも成人を迎えればお妃候補の選定が本格化し、二十歳前後には結婚するだろう。もしかしたらマティアスが知らないだけで、イーヴァリがもう相手を決めている可能性もある。  自分は当然結婚するが、ウィルバートの結婚は祝福できない。そんなのはおかしいと分かっている。分かってはいるが……。 「本当にヒトの仔は皆くだらない事で悩み可愛いのう」  突然声がしてマティアスが顔を上げると、目の前の真っ赤な瞳があった。 「なっ!」  マティアスは驚き飛び退(ずさ)りながら、剣を抜きソレと距離を摂った。 「ハハッ、なかなか良い反応ではないか」  剣を構えながら言葉を話すソレを見る。  ソレは五、六歳の子供だった。肌や貌は普通の子供と変わらず、白い布を巻きつけたような服を纏っている。なにより目を引くのは瞳と髪が燃えている様に赤く、そしてふわふわと宙に浮いていることだ。  明らかな魔物だった。しかも人の言葉を話している事から上位クラスだとわかる。 (なんでこんな(ふもと)に………!) 「マティアス様!」  緊急事態を感じ取ってか、ウィルバートが走り戻ってきた。

ともだちにシェアしよう!