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第一章 幼き日⑩

 イーヴァリはマティアスの答えに小さく頷くと言葉を続けた。 「では、このウィルバート・ブラックストンの不注意についての罰はお前が受けよ」 「……えっ」  マティアスは驚き目を見張った。  イーヴァリがゆっくりマティアスの前に歩み出て、手をフッとかざすとその手には光り輝く細い棒状の物が出現した。 「鞭打一回だ。手を出して、歯を食いしばれ」  驚きと恐怖が入り混じる。 「や、やめてください! そんな小さな子に! 俺が受けます! 十回でも二十回でも!」  地面に這いつくばるように頭を下げながらウィルバートが叫んだ。だがマティアスはそれを見て覚悟を決めた。 (大丈夫。一回だけなんだ。それでウィルを僕の騎士にする) 「僕が受けます」  イーヴァリの目をしっかりと見て強く答えた。そして両手のひらを差し出し、歯を食いしばる。  イーヴァリはマティアスの目を見て頷き、光る魔術の鞭をかざした。  マティアスは固く目を閉じて痛みに備えた。  ヒュッ! と空気を切り裂く音の後、パシッ! と手のひらに鋭い衝撃が走った。 ――指が全部落ちた。  そう思うくらい初めての強く鋭い衝撃だった。  マティアスは震えながら恐る恐る目を開け指が繋がっている事を確認した。指の付け根辺りがブワッと赤くなり燃えるように熱い。先程の壁で擦り剥いたのとは比べ物にならない程の強い痛みが、心臓の鼓動に合わせてドクドクと増していく。 「ベレフォード。ブラックストンを近衛隊見習いに。後は任せる」  イーヴァリは光る鞭をフッと消すと、そう言ってその場を去って行った。 「……マティアス!」  呆然と手のひらを見つめて震えるマティアスにウィルバートが駆け寄り強く抱き締めた。 「ごめんなっ! 俺の為に!」  ウィルバートに抱き締められ、その温かな腕の中でマティアスは何か決壊したような感覚に襲われた。 「う……う……、うわあああぁぁぁんっ!」 「痛かったな! 俺の為に、ありがとなっ」  ウィルバートがきつく抱き締めながら背中さする。  マティアスは喉が痛くなるほど泣き声を上げ、ボロボロと涙と鼻水を流しウィルバートの服を濡らした。そして心の奥底のどこか冷静な部分で思った。 (ああ、僕は抱き締めて欲しかったんだ……)  母が居なくなってからマティアスはこの時初めて泣いた。  母以外に安心できる場所を見つけたのだと思った。 「あのぉ……マティアス殿下」  熱く抱擁を交わす二人にベレフォードが言いにくそうに話しかけてきた。  ヒッヒッとしゃっくりを上げながらウィルバートの胸から顔を上げてベレフォードを見た。 「騎士に指名出来るのは十八歳を超えて成人されてからですぞ。私の授業、聞いてませんでしたな」  それを聞いてマティアスは目を見張り、さらに大きな叫び声で大泣きしたのだった。

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