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第一章 幼き日⑨

「ウィル!」  マティアスは悲鳴に近い声でウィルバートの名を呼んだ。  イーヴァリはその様子を見てウィルバートを抑えている兵士に「よい、離してやれ」と指示し、ウィルバートに向かって尋ねた。 「そなた、名は」 「……ウィルバート、ウィルバート・ブラックストンです」  ウィルバートがイーヴァリに促され、居住まいを正しながら名乗ると、その場に居た全員がざわついた。 「ブラックストン家の、生き残りか……」 「はい。厄災時は父の使いで町に出ていて、俺だけ助かりました」  イーヴァリは「ふむ……」と少し考え、さらにウィルバートに詰問する。 「だが、この城へは何故入ったのだ? この場所は市井(しせい)の者が入って良い所ではない」 「俺は志願兵として来ました。門番の方に何処へ行けば良いか聞いたら右の通路へ進むように言われて……」 「兵舎は正門からだと左側ですぞ」 「えっ! でも確かに……」  ベレフォードが怪訝そうに言い、ウィルバートは動揺しているようだった。 「ブラックストン、君が勘違いしたか、門番の説明が悪かったかだ。どちらにせよこんな所で幼い子供が一人でいて不審に思わなかったのか? すぐに城の者に知らせるべきだったな」  イーヴァリはウィルバートに向かって淡々と言い、さらにピシャリと厳しい言葉を放った。 「今わが国は窮地に立たされている。判断力が未熟な子供の面倒を見る余裕は今この城には無い」  ウィルバートは王の言葉を聞いて俯き拳をきつく握りしめた。  マティアスは焦った。ウィルバートは国の役に立ちたいと言っていたのに兵士としてはいらないと言われている。しかもその理由はマティアスのせいだと言って良い。 「ただブラックストン家の生き残りを無下には出来ない。何らかの支援を検討し……」 「あの!」  マティアスは勇気を振り絞ってイーヴァリに声を掛けた。イーヴァリは言いかけた言葉を止めマティアスを見る。その強い視線にマティアスは怯んだが強くその言葉を口にした。 「ウィルを僕の騎士にします」  マティアスの言葉に時間が停止したように全員が固まった。イーヴァリも驚いたように目を見開いている。なにより指名されたウィルバートはポカンと口を開けたままこちらを見ていた。 「だ、だって、王子は自分が選んだ人を騎士にできるんだよね!」  数日前、ベレフォードから受けたつまらない授業の中で少しだけで興味を惹かれたのがこの話だった。 「マティアス殿下……しかしそれは……」  ベレフォードがマティアスの宣言を否定しかけた時、イーヴァリはそれを手で遮りベレフォードの話を止めた。そしてマティアスに向かって言った。 「マティアス。騎士を持つと言う事は、己の身を守らせると同時に、お前がその騎士の行動の全責任を持つと言う事だ。お前にその覚悟があるのか」 『その者の全責任を持つ』  それがどう言う事かマティアスにはよく分からなかった。だがここで引いたらウィルバートは城には居られない。そう思えば返事はただ一つだった。 「はい。あります!」

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