29 / 153

第一章 幼き日⑧

「ウィル! ウィルを離せ!」 「殿下っ! 暴れないでくださいっ」  マティアスを抱きかかえた兵士が必死に抑えてくる。マティアスは甲冑の隙間から見える兵士の太い腕に思いっきり噛みついた。 「痛てぇぇー!」  兵士が悲鳴を上げてマティアスを離した隙にマティアスはウィルバートに駆け寄り、ウィルバートを抑えている兵士を細い腕でポカポカと叩いた。 「ウィルをいじめるな!」 「で、殿下……」  五歳児の拳などにびくともしない兵士が戸惑ったようにマティアスを見てくる。  その時、 「ああ、殿下、良かった!」  ベレフォードが小走りでやってきた。そして取り押さえられているウィルバートを見て冷たい声で言い放った。 「お前がマティアス殿下を部屋から連れ去ったのか。目的はなんじゃ?」 「マティアス、殿下……」  ウィルバートがそう呟く。  マティアスはウィルバートが自分を誘拐したと誤解されていると気付いた。 「ち、違う! 僕が部屋から抜け出したんだ! ウィルは、助けてくれて遊んでくれてただけ!」  マティアスがそう叫んだその時、兵がザッと道を開け、全員が片膝をつき頭を下げた。開けられた道を当然のように歩いて来たのは国王イーヴァリだ。 「マティアス。何故部屋を抜け出した?」  イーヴァリの問にマティアスは固まった。  何と言えば、どこまで言って良いか分からない。 「マティアス」  何も言わずうつむくマティアスにイーヴァリは再びその名を呼ぶ。しかし口を開いたのはウィルバートだった。 「そ、その子は、母親を亡くしたばかりで淋しいんです……。だ、誰かに甘えたかったんです! だってまだ五歳ですよ⁉ そんな、一人で故郷を離れて、」 「貴様! 陛下の許可なく口を開くなっ!」 「うぐっ!」  兵士がウィルバートを締め上げ、ウィルバートが苦しそうに呻いた。

ともだちにシェアしよう!