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第二章 冬の庭

第二章 異国の仕立て屋と黒衣の王  使用人控え室の壁に掛けられた鏡を見て跳ねた赤い癖毛を手櫛で整える。癖毛で短い髪はどうしたって扱いに困る。乾燥した冬の時期でこれなのだから湿気の多い季節はどうなるのかと今から憂鬱だ。 「ルーカス、お茶の用意が出来たから陛下にお知らせしてきてー」  国王専属の侍女ロッタが隣室からそう呼び掛けてきた。 「はーい!」  ルーカスは大きく返事をした。  (あるじ)はたぶん庭だろう。  時は二月。  外に出ると空はどんよりと灰色で、キンと冷えた空気が頬を刺してくる。今朝から鈍痛を訴える下腹を撫でながらルーカスは急ぎ庭に向かった。  冬の庭は色を失って眠るような静けさだ。木々は葉を落とし、小川には水が流れていない。その小川の周りに生えている草も薄茶色に枯れている。陽の当たらない場所には先日降った雪がわずかだが残っていた。  ルーカスは庭の奥にあるガゼボ内に座る人影を見つけた。  日陰に溶け込むような黒い服に身を包み、ぼんやりと庭を眺めている。一見草木を眺めているようだが、その緑の瞳には何も映っていないようでもある。冷たい風が彼の美しい金色の髪を弄んでも何も感じないかのように表情が無い。  マティアス・ユセラン・アルヴァンデール。  一年半前に前王イーヴァリの崩御に伴い即位したこのアルヴァンデール王国の国王だ。  現在二十五歳。  ルーカスは半年前にマティアスの小間使いとして雇われた。  本当は兵隊に志願して来たのだが、身体の小ささと細さを鼻で笑われ門前払いされ、悔し涙を零しながら帰ろうとしたところ、ちょうど通り掛かったマティアスに声をかけられ、その日のうちに小間使いとなった。  子供の頃に助けられた事があってから、ずっとルーカスの憧れの存在だったマティアス。「あの方のお役に立ちたい」と周囲に言い続けていたがまさかいきなり本人の下で働くとは思ってもみなかった。  ルーカスは剣術の心得があった為、小間使い兼護衛としてサーベルを携える事を許されている。さしずめマティアスの騎士になった気分だ。 「陛下、お茶をお淹れ致しました」  ルーカスがそう声を掛けると人形の様に停止していたマティアスに少しだけ表情が戻る。 「ああ、ありがとう」  スッと立ち上がった姿は実に凛々しく美しい。  普段国王としてのマティアスは実に忙しく動き回っている。(まつりごと)に朝から晩まで駆け回り、魔術の稽古にも励み、時間を見つけては本や資料を読み込み、寝る時間すら削ってしまうほどだ。  まるで何かを忘れようとしているかのように。  そして、月に一回か二回くらい、この庭でぼんやりとしている姿を見る。  初めてここでマティアスを見たのは秋の心地よい天気の日で、ただ日向ぼっこをしているのだと思った。しかしこんな冬の寒空でもこうしてここに居る。 (お気に入りの場所なのかな……?) 「体調が優れないんじゃないか」  ガゼボから出てきたマティアスがルーカスにそう声をかけた。 「あ……、いえ、大丈夫です!」  無意識に腹を撫でていたのを見られたようだ。 「酷い時はロッタに相談して休むように」 「はい……」  国王マティアスはとても厳しい人物であると知られているが、使用人であってもこうした気遣いをしてくれる。  ルーカスの返事にマティアスは優しく微笑んだ。男らしさもありながら、女でもこの美しさを上回る者は居ないのでは無いかと思う程の美貌。ルーカスは思わず頬が熱くなるのを感じた。  恥ずかしくて下げた視線の先にあるものが映った。  枯れ草の合い間から見える黒い土から小さな芽が出ていた。色の無い庭でその小さな黄緑は光り輝いて見える。 「ルーカス、行こう。寒いだろう?」  先を歩き出していたマティアスが付いてこないルーカスを呼ぶ。  マティアスは芽に気付いてはいないようだ。 「はい! ただいま!」  ルーカスは急ぎマティアスを追いかけた。

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