119 / 153

第二章 思わぬ賓客⑨

 仔猫が甘えるような仕草。  上気した頬に蕩けた緑の瞳。  カイは両手でマティアスの頬を挟むと、蜂が花に誘われるかのようにゆっくり顔を近づけた。何をされるのか察したらしいマティアスはその緑の瞳をゆっくりと閉じる。  カイはその形の良い薄紅色の唇に自身の唇を押し当てていた。  その柔らかな感触にこれまで体験したことの無い程の幸福感が全身を包む。それと同時に切なさで胸が苦しくもなった。  もっと深く口付けたいと強い欲求が沸く。しかしわずかに残った理性が思い留まらせた。  すぐに唇を離しながらもマティアスの頰を両手で挟んだままその美しい顔を見つめると、マティアスがゆっくり目を開け、その潤んだ瞳がカイを捕らえた。 「……申し訳ありません。とんだ不敬を」  囁くようにそう言うと、マティアスは微かに首を横に振った。 「不敬かどうか、私はもう自分で決められる……」  潤んで蕩けているが力強さも感じる緑の瞳。  カイはその美しさに強く惹かれ、再びその唇を奪った。  今度は触れるだけのキスではない。  深く唇を合わせ、マティアスの唇の合い間に舌を這わせた。マティアスの身体がビクリと震えカイの背中にしがみついてきた。そしてマティアスは薄く唇を開き、カイの舌を招き入れた。 「んっぁ……」  鼻にかかった甘い吐息がマティアスから漏れ出る。その声色が夢の中で抱いたマティアスの喘ぎ声にあまりに近くカイは全身がゾクゾクとした。夢よりも少し低い大人の男の声な気もする。だが夢よりも色気を感じた。  好き勝手にマティアスの舌に舌を絡め、甘い唇を存分に堪能する。そして名残惜しく唇を離しマティアスの顔を見ると、マティアスの瞼からは幾筋も涙が流ていた。 「……すみません。流石に調子に乗りました」  そう言ってその涙を拭ってやる。 「い、いいんだ。ちょっと気持ちが高ぶってしまって……」  マティアスは泣き顔で笑顔を作った。  どういう理由で流している涙なのかカイにはわからなかったが、嫌がっての涙でないことはわかった。 「散らかしてしまったな。片付けさせよう」  マティアスは細く長い指で涙を拭いつつ、周りに転がった緑のビーズを見た。 「いえ、後で拾いますので……」  カイがそう言いかけた時、マティアスの手のひらが金色に光った。その瞬間、倉庫内に無数の小さな光が浮かびふわふわと飛び回り始めた。 「わ……」  カイが驚き小さく声をあげるとマティアスは微笑みながら言った。 「光の妖精たちが拾ってくれる」  光は二人の周りを飛び回り緑のビーズ一つ一つを包み込み、棚の箱へとビーズごと飛んでいく。  薄暗い倉庫内は金色と緑の光で溢れた。その光に照らし出されたマティアスの穏やかで美しい横顔にカイは見惚れた。 「ん、ありがと」  マティアスが妖精らしき光に小さく礼を言うと無数の光はスッと消えた。 「凄い……。魔術、初めて見ました」  魔術を使える者の存在は知っているが、一般市民にはなかなか居ない。アルヴァンデール王家の者は魔術が使えるとは聞いていたがまさか間近で見られるとは思わなかった。 「私は大人になってから魔術が使えるようになったからまだまだ修行の身で、あまり日常では使わないようにしているんだ。今のは魔術とは言えないよ。彼らにお願いしただけだ」  マティアスはそう言って微笑んだ。  その笑顔はあまりに美しく、カイはずっとこのまま見ていたいと思った。

ともだちにシェアしよう!