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第二章 思わぬ賓客⑧
「このあたりが生地で、こっちの棚がボタンなどです」
「色んなのがあるんだな」
軽く説明をするとマティアスは狭い通路に立ちながら興味深げに棚を見ている。
陽の入らない地下室でランプの柔らかな灯りだけがマティアスの整った横顔を照らしていた。こんな狭い空間にこの美しい人と二人きりだと思うと緊張と一緒に浮かれた気分も沸いてきてしまう。
「これは貝か?」
マティアスがボタンの一つを手に取り尋ねてきた。「そうです」と答えると、マティアスはそれをランプにかざしてまじまじと見つめている。
「フォルシュランドは海があるものな。住んでいたのは海の近くか?」
「そうですね。馬なら二時間で海に着く所でした。綺麗な砂浜がありますよ」
「へえ。見てみたいな」
「ええ、是非いつかお連れしたいです」
それは社交辞令では無く本心から出た言葉をだった。流石に口説いているように聴こえたかと思い、カイはマティアスをチラリと横目で見ると、マティアスは貝のボタンを見つめながら嬉しそうに微笑んでいた。
その笑顔がとても可愛いと感じてしまい、カイは目が離せなくなった。すると視線に気付いたらしいマティアスもカイに目を向け、二人の視線が絡み合った。
エメラルドのように煌めく緑の瞳がランプの灯りに照らされている。その美しい緑の瞳から視線を逸らすのが惜しくてカイは思わず見つめ続けてしまった。
「ア、アルヴァンデールには海が無いから、憧れがあるんだっ」
先に目を逸らしたのはマティアスの方で、動揺した様子で後ろへ一歩下った。すると狭い倉庫内でマティアスの背中が棚に当たった。
それほど強く当たった訳では無いのだが、棚が揺れ一番に上に積んであった木箱が傾いた。
「マティアス様っ!」
カイはとっさにマティアスの頭上の箱を押さえた。結果、マティアスに覆いかぶさるような形になってしまった。さらに、箱は押さえたものの、中身のビーズがバラバラと零れ落ちてきた。
ガラス製の大粒のビーズはマティアスの瞳と似た緑色。驚き目を見開くマティアスの周りにキラキラとビーズが光りながら零れていく。
「す、すまない!」
両手をあげ箱を押さえるカイに身体で押さえ込まれる様な形になってしまったマティアスは、視線を泳がせ耳から首まで真っ赤になった。薄明かりでも分かるほどに。
カイの胸に沸き起こる期待。
「失礼」
カイは一言言い、傾いた箱を棚の奥へと押し込み、さらにマティアスを抱き込むような形になった。
「っ……!」
マティアスが息を呑むのを感じる。
箱を安定する位置まで戻し腕を下げると、カイの胸に包まれる形になっていたマティアスが潤んだ瞳で見上げてきた。
カイはマティアスの編まれた髪に零れたビーズを一つ、二つ、と拾い、何気なくその美しい金の髪を撫でた。
何も言わずされるがままになっているマティアス。カイは髪を撫でていた手で彼の頬にもそっと触れた。しっとりと柔らかで滑らかな肌。
するとマティアスはカイのその掌に微かに頬を寄せてきた。
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