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第二章 夏の庭①

 マティアスの訪問から十日程過ぎた七月半ば。カイは一人、城へと赴いた。  あの後、わりとすぐにマティアス用に仕立てる服の予算や納品日など細かな情報が城から伝えられた。確かに予算は普通の貴族が作る衣装の三分の一程度だったが、ヨエルは大喜びだった。カイも図案をさらに詰め、今日はそれを持って参上したという訳だ。  カイが通されたのは先日のだだっ広い謁見の間ではなく、落ち着いた雰囲気のサロンだった。それでも工房の四倍くらいの広さがある。  勧められたソファに座り窓を眺めた。  広い城内で階段を上がったり下がったりしたので良く分からなくなっていたが、どうやらここは一階らしい。丸ガラスが嵌められた窓からは庭が見え、夏の太陽が室内をキラキラと照らしていた。  国王を待たせるなど論外なので早めに着いたが、指定された時間を少し過ぎてマティアスは現れた。 「遅くなった。すまない」  そう言いながらマティアスは下ろしたままの長い金髪を靡かせ、早足でサロンに入ってきた。今日のマティアスも先日と変わらず僧侶のような黒い服を纏っている。後ろから赤髪のルーカスもついてきた。  カイは立ち上がり、片膝をつき頭を下げた。 「陛下、本日はお時間を頂きありがとうございます」 「堅苦しいのは無しだ。楽にしてくれ」  マティアスはそう笑顔で言ってカイの横を通り過ぎ向かいのソファに腰を下ろした。流れてきた空気から柑橘系の香りを感じた。 (湯浴みをしてきたのか……?)  つい色々と勘ぐってしまう。 「鍛錬で汗をかいたから湯浴みもしたくなって。待たせてしまったな」  心を読まれたかのようにマティアスが答えた。 「いえ、とんでもございません」 「今日は、一人か?」 「はい。あまりぞろぞろと押しかけるのもお話しにくいかと思いまして」  カイは笑顔を向け答えた。マティアスは「そうか」と言い目元を微かに赤く染めた。 「鍛錬は魔術ですか?」  何気なく世間話のように聞いてみた。 「そうだ。だが剣術もやるぞ。ウィ……カイは剣はやるのか?」 「いえ、お恥ずかしながら全くです」  マティアスに尋ねられカイは苦笑いで答えた。  過去に賊相手に剣を振り回したことはあるが、『剣術』などと呼べる大層なものでは無かったと思う。それを聞いたマティアスは少し残念そうに「そうか」と呟いた。 「よくルーカスやアーロンと稽古しているんだ。剣の心得があるなら一緒にどうかと思ったのだが」 「陛下専属の騎士様とご一緒など、とてもとても!」  突然のお誘いにカイは驚き謙遜し断った。 「……ルーカスもアーロンも私の騎士ではないよ。ルーカスは小間使いで、アーロンはこの前連れて行ったオレンジ髪の男だが、あれは近衛隊隊長だ。私に騎士はいない……」  苦笑いを浮かべそう話すマティアス。  その後に立っていたルーカスは眉を下げた。面と向かって『騎士ではない』と言われて悲しいのだろう。カイは少し彼に同情した。少しだが。 「そうなのですか。国王陛下ともなると何人もの騎士をお持ちなものだと思っておりました」 「私は変わり者だからね。……さて、図案を見せて貰おうかな」  マティアスはにっこりと笑顔を向けた。  カイは何となく話を逸らされたような気がした。

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