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第三章 絶望の淵で③

 老人が馬車を出してくれ、それに乗り急ぎ領主の家まで向かった。 「ここからどれくらいなんですか?」 「一時間はかからず着く」  往復約二時間。カイにはとても長い時間に感じた。手を組み苦悶の表情を浮かべるカイに老人が言った。 「……大事な、友達さんなんだな」  老人の言葉にカイは小さく「はい」と答えた。  老人はそれ以上何か聞いてくることは無く、カイもマティアスが心配でそれどころではなく、二人は沈黙のまま暗闇を進んだ。  やがて領主の家だと言う屋敷に到着した。  門から入った敷地の端に馬車を停めさせてもらい、カイと老人は急ぎ屋敷の玄関まで走り、大きな木製の扉を叩いた。 「ごめんください! 夜分に申し訳ございません!」  カイは声を張り上げ呼びかけた。  何部屋もありそうな大きな建物で、声がどこまで届いているか分からない。夜遅すぎて全員寝てしまっているのか、灯りの付いている窓もない。不安に駆られていると人の気配がして扉が開いた。 「どちら様でしょうか」  この屋敷の執事らしい白髪混じりの男が出てきた。  すかさず老人がその執事に話しかけた。 「こんな夜更けに悪りぃですな」 「なんだ、エクルンドさんか。どうしたんです?」  執事は訪問者か村人だと分かり警戒を緩めた。 「この人の連れが大怪我してて、今うちで介抱してるんでさぁ。ここに医者が来てると聞いて、どうか診て貰えねぇかと」  老人がそう頼んでくれたが執事は顔をしかめた。 「あぁ、医者は昨日帰ったんですよ」 「そ、そんなっ!」  カイは思わず叫んだ。 「そ、その医者はどこに帰ったんですか?! それか、ここから一番近い場所で何処かに医者はいませんか!?」  執事と老人が顔を見合わせる。二人とも渋い顔をしていた。 「その医者が住んでる街はここから丸一日はかかります。他に医者はいません……気の毒ですが……」  執事がそう説明してくれた。 「丸一日……」  カイはその言葉を反芻した。 「い、行き方を、教えてください。今から行けば……」  頭が回らない。回らない頭で必死に言葉を紡いだ。すると老人がカイの背中を優しく叩いた。 「なぁ、お若いの。可哀想だが……あの子のあの様子では医者に見せても助かるか……。ましてや街まで行って医者を連れて来るには二日か三日はかかる。医者もここまで来てくれるかわからんし……。あの子はあんたの大切な友人なんだろう? だったら今すぐ戻って側についててやったほうがいい」  それはマティアスが息絶える前提での話だった。

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