158 / 318
第三章 絶望の淵で③
老人が馬車を出してくれ、それに乗り急ぎ領主の家まで向かった。
「ここからどれくらいなんですか?」
「一時間はかからず着く」
往復約二時間。カイにはとても長い時間に感じた。手を組み苦悶の表情を浮かべるカイに老人が言った。
「……大事な、友達さんなんだな」
老人の言葉にカイは小さく「はい」と答えた。
老人はそれ以上何か聞いてくることは無く、カイもマティアスが心配でそれどころではなく、二人は沈黙のまま暗闇を進んだ。
やがて領主の家だと言う屋敷に到着した。
門から入った敷地の端に馬車を停めさせてもらい、カイと老人は急ぎ屋敷の玄関まで走り、大きな木製の扉を叩いた。
「ごめんください! 夜分に申し訳ございません!」
カイは声を張り上げ呼びかけた。
何部屋もありそうな大きな建物で、声がどこまで届いているか分からない。夜遅すぎて全員寝てしまっているのか、灯りの付いている窓もない。不安に駆られていると人の気配がして扉が開いた。
「どちら様でしょうか」
この屋敷の執事らしい白髪混じりの男が出てきた。
すかさず老人がその執事に話しかけた。
「こんな夜更けに悪りぃですな」
「なんだ、エクルンドさんか。どうしたんです?」
執事は訪問者か村人だと分かり警戒を緩めた。
「この人の連れが大怪我してて、今うちで介抱してるんでさぁ。ここに医者が来てると聞いて、どうか診て貰えねぇかと」
老人がそう頼んでくれたが執事は顔をしかめた。
「あぁ、医者は昨日帰ったんですよ」
「そ、そんなっ!」
カイは思わず叫んだ。
「そ、その医者はどこに帰ったんですか?! それか、ここから一番近い場所で何処かに医者はいませんか!?」
執事と老人が顔を見合わせる。二人とも渋い顔をしていた。
「その医者が住んでる街はここから丸一日はかかります。他に医者はいません……気の毒ですが……」
執事がそう説明してくれた。
「丸一日……」
カイはその言葉を反芻した。
「い、行き方を、教えてください。今から行けば……」
頭が回らない。回らない頭で必死に言葉を紡いだ。すると老人がカイの背中を優しく叩いた。
「なぁ、お若いの。可哀想だが……あの子のあの様子では医者に見せても助かるか……。ましてや街まで行って医者を連れて来るには二日か三日はかかる。医者もここまで来てくれるかわからんし……。あの子はあんたの大切な友人なんだろう? だったら今すぐ戻って側についててやったほうがいい」
それはマティアスが息絶える前提での話だった。
ともだちにシェアしよう!

