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第三章 憧れの暮らし②
ベッドから出て、チェストから櫛を出し髪を梳かす。櫛はウィルバートが買ってきてくれた。
マティアスはここに来てから何度か『髪を切るべきでは?』とウィルバートに相談したがウィルバートは頑なに反対している。いざとなったら髪は売ることも出来ると聞くから蓄えと考えているのかもしれない。
昨日ウィルバートに洗ってもらった髪はサラサラと櫛を通っていく。
農村ではあまり風呂に入る習慣が無く、髪も数ヶ月に一回程度しか洗わないと聞いてマティアスは驚いた。しかしウィルバートは三日に一度は盥 での入浴と、六日から九日に一度の洗髪も提案してくれた。しかし水も薪もウィルバートが運んでくれているものだ。マティアスは出来る限り我慢しなくては、と思っていた。
髪を梳かし束ねたマティアスはダンから貰ったと聞いた寝巻きを脱き、昨日ウィルバートが完成させたばかりのシャツに袖を通した。柔らかに肌を覆う綿の感触。大きさもぴったりだ。
ウィルバートが自身の為にまた服を作ってくれたことがマティアスはたまらなく嬉しかった。ズボンはまだハラルドから借りた丈の足りないものだ。全ての服が完成するのが実に楽しみだった。
そしてチェストに櫛をしまって、同じくチェストにあるペンダントを取り出しキスを落として再び戻した。
八年前のウィルバートから貰った手作りの木製ペンダントは輝飛竜の爪に打たれ割れてしまった。しかし現在のウィルバートがくれた緑のビーズがその悲しみを半減させてくれている。今は首に下げていると傷へ当たってしまうので、こうして大事にしまっている。
身支度を整えたマティアスは急な階段を慎重に降りながら一階へと向かった。
戸棚から朝食で使うであろう木製の皿とカップを出してウィルバートを待つ。この食器の用意は三日前にウィルバートから言われてやり始めた。『少し動けるようになったなら、食器出しておいて』と。そんな事を言われるまで気付かなかった自分が恥ずかしかった。城では当然のように用意されるものを、誰か人がやっていると認識もしていなかったからだ。
そうこうしているとウィルバートがパンとヤギのミルクを貰って戻ってきた。
「うぅ〜、今朝は冷えるわ。さすがにまだ霜は降りてないけどさ、ハラルドさんが十月末に雪が降ったこともあるって言ってた」
「やっぱり北だと冬が早いんだな」
小さな丸いテーブルに二人向かい合い、季節の話をしながら質素な朝食を取る。マティアスにとっては夢に思い描いた生活だ。
思えば過去にマティアスは二度、ウィルバートとのこんな生活を夢見たことがあった。
一度目は出会った時。五歳のマティアスは生まれ故郷のカノラ村に一緒に帰ろうとウィルバートを誘った。
二度目はウィルバートが処刑されようとしていた時。一緒に逃げようと泣いて迫った。ウィルバートとならどこでも、どんな生活でも生きていけると思った。
そのどちらもウィルバートに断られてしまったが、今その時思い描いた生活を体験している。ウィルバートが望んだわけでは無いのだろうが。
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