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第三章 怒り④
家の中に入り、さらにウィルバートの指示で二階の使っていない小部屋に入った。そこはおそらく子供部屋の想定で作られた部屋で、普段からカーテンが閉められたままの場所だ。
何もない部屋の床に腰を下ろし向かい合う。
「大丈夫か?」
マティアスの動揺ぶりにウィルバートは笑いながら頬を撫で、目尻を拭ってきた。それでマティアスは自分が泣いていることに気付いた。
「す、すまない」
手の震えが治まらず、むしろどんどん悪化している気がする。
鍛錬以外で攻撃魔術を使ったのは初めてだった。しかも感情に任せて剣を出し、あまつさえ一番大事な人を傷付けた。当たりどころが悪ければ即死だってあり得たのだ。
マティアスは大きく深呼吸をし、ウィルバートの負傷した右手を両手で持った。巻かれた手巾を取ると手のひらが横一線に切られている。この位置だと確実に骨まで切断してしまっている。
「本当に……ごめん……」
マティアスはそう謝り、泣きながら治癒魔術をかけ始めた。ウィルバートの右手が光り出し、やがて小さな部屋が金色に包まれる。ウィルバートには見えていないが無数に飛び回る妖精たちが力を貸してくれている。何匹かは泣いているマティアスを慰めるように頰や髪にすり寄って来ていた。
「うわ、すげぇ……」
じわじわと傷が塞がっていく様子をまじまじと見つめているウィルバートが溜め息のような声を漏らした。
傷が完全に塞がり光が消えると、ウィルバートは手のひらを見て、握ったり開いたりして見せた。
「凄いな! もう元通りだ!」
「本当に、すまな……」
「そう何度も謝るなって」
マティアスの重ねての謝罪を遮り、ウィルバートは治ったばかりの右手でマティアスの頭をぐりぐりと撫でる。
「で、ヴィーと何があったんだよ?」
当然の質問だがマティアスは言葉を詰まらせた。ウィルバートは笑顔のままで尋ねる。
「……殺そうとするなんて相当だよな」
「あ、あいつはアレくらいでは、死なない」
今思えば、上級クラスの魔物であるバルヴィアをあの程度の魔術では倒すことは出来ないだろう。しかしあの時は何も考えられない位怒りで頭が支配されていた。『殺そうとした』と言うのもある意味事実ではある。
「魔術師同士の喧嘩にうっかり一般人が仲裁に入ってこのザマってわけか」
ウィルバートが右手をひらひらさせて言った。
「止めてくれたことは、感謝してる。魔術使わないって約束だったのに、完全に周りが見えなくなってた……」
「……やっぱり気になる。俺、聞く権利あるよな?」
マティアスはぐっと喉の奥を詰まらせた。
手のひらを貫通させる程の大怪我。相当痛かったはずだ。『聞く権利』があるのは当然の主張だとマティアスも理解できる。しかし何と説明したら良いか。考えを巡らせつつ先ほどバルヴィアから聞いたことを頭の中で整頓するようになぞると胸が苦しくなった。
今、目の前にいるウィルバートが女に化けたバルヴィアを抱いていたのだ。悔しさと悲しさで全身が熱くなってくる。
マティアスは嗚咽を堪えながら言葉を吐き出した。
「あ、あいつ、私が想っている人と寝てた……って言ってて……」
「はぁ?」
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