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第三章 浮気①

 それからマティアスは気を抜くと何処か遠くへ行ってしまいそうになる思考を必死に保ち、なんとか夕暮れ前にメギの実を取る作業を終わらせた。  いつも通りハラルドの家に夕食を食べに行くと、真っ赤に腫らした目を見てヘルガに「まあまあ! どうしたの?」と心配され、返答に困っているとウィルバートが「ヴィーと大喧嘩したんですよ」と笑いながら説明した。大の男が知り合いと喧嘩して泣くなどと実に滑稽だが、要約するとその説明は正しい。  しかしマティアスはその後もいつも通りには振る舞え無かった。刻々とウィルバートとの約束した『夜』が近づいている。そう考えると冷静ではいられなくて食事中も上の空だった。  ヴィーとの喧嘩だけでなく体調も悪いのではないかとハラルドとヘルガに心配され、食事が終わると片付けもそこそこに、帰って休めと言われてしまった。  ウィルバートと二人、じんわり染みてくるような寒さの夜道を歩き、丸太小屋に入り玄関扉を閉めるとウィルバートが「フフフ……」と肩を震わせ笑った。 「レオン……意識しすぎっ」  腹を抱えるように笑うウィルバートにマティアスは真っ赤になってうつむいた。 「だ、だって……!」  もの凄く恥ずかしい。しかし平静を装うなど出来なかった。  『今晩抱き合います』と予告があっての行為はこれまで経験が無いのだ。片手の指で収まる程度しか無いこれまでのアレコレも突然事故のようにに発生していた。  ウィルバートが笑いながらも腰を引き寄せて抱き締めてきて、マティアスは驚いた。そして耳元で囁かれる。 「……じゃあ、もう二階行こうか」  熱っぽく、大人の色気を孕んだその声が耳から入り脳に響く。マティアスはカッと頰が熱くなった。しかしマティアスは腕を突っ張りウィルバートの抱擁から自身の身体を引き離した。 「だっ、だめ!」 「え、ええっ?」  マティアスの拒否にウィルバートが困惑の表情を浮かべる。 「か、身体洗いたいっ!」 「どうせドロドロになるんだから後で拭いてやるよ」 「ど、ドロドロって……」  マティアスはあわあわと困惑した。そんなマティアスを見てウィルバートがフッと笑う。 「わかった。俺も洗うべきだよな。湯を沸かそう」  ウィルバートはそう言ってマティアスから離れ、入浴の準備を始めた。マティアスもダンから借りた衝立てを持ってきて盥の近くに置く。木製の枠に布が張ってあり、丁番で二つ折りになっているものだ。今回こそこれが必要だと感じた。 「ウィル、先入ってよ」 「え、良いよ。後で……」 「いや、先で。お願い」 「……じゃ、一緒に入る?」 「むっ、無理だっ!」  マティアスの拒絶をウィルバートは「アハハ」と笑い、「じゃあ」と言って服を脱ぎ始めた。マティアスは衝立てを挟んでウィルバートの見えない位置に移動し椅子に座り、髪を梳かしながら待った。 「レオン、いいよー」  しばらくしてそう呼ばれ、顔を上げると寝巻きを軽く纏ったウィルバートがこちらを見ていた。想像よりだいぶ早い。 「じゃあ、先に寝室に行ってるから」 「わ、分かった……」 「髪は濡らすなよ。乾かすの大変だから」 「わ、分かった……」  緊張の面持ちで返答するマティアスにウィルバートは笑いながら二階への急な階段を登って行った。

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