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第三章 英雄③
ウィルバートはそう愛の言葉を囁くと再び唇を合わせてきた。マティアスの口腔内にウィルバートの舌が入ってきて、より深いくちづけをしようとした時。
「あー……、盛り上がってるところ悪いが、その辺にしといて貰えるか。姉さまが失神しそうだ」
突然した男の声にウィルバートは驚きマティアスから顔を離した。そしてクラウスとセラフィーナを呆然と見つめる。
「あ、あのね、ウィル。紹介するよ。母です……」
マティアスは戸惑いつつもセラフィーナを示した。
マティアスに紹介されたセラフィーナは顔を真っ赤にして両手を自身の頬に当てて固まっていた。
「あと、叔父のクラウス殿下……。殿下にお会いするのは私も初めてなんだけど……」
ウィルバートは口をパクパクさせて混乱しながらも状況を必死に飲み込もうとしているようだ。
「ま、まさかあの英雄の……クラウス殿下とセラフィーナ殿下……!」
「英雄かどうかは知らんがな。だが積もる話は全てを片付けた後だ」
クラウスがそう言い火口を見た。マティアスもその方向に目をやるとすでに赤い炎は消え、黒い毒霧も漂っていない。そこにあるのはただただ朝を迎えつつある岩と砂の山頂。
四人で火口へと向かい、姿勢を低くしその窪みを覗き込んだ。一見何も無いような半球状に窪み。
「中心にいるわね」
まだうす暗い早朝の山。セラフィーナが目を凝らし、三人の男たちに小声で確認する。
「ああ。いる」
セラフィーナの問いかけにクラウスも静かに頷いた。その中心に小さく存在するもの。それが何かマティアスは確信して叫び駆け出した。
「ヴィーっ!」
斜面を転がるように降り、窪みの中心へと走り急ぐ。
「はあっ?!」
「な、何してるの?! マティアスっ!」
クラウスとセラフィーナはマティアスの行動に驚き叫び止めてくる。しかしウィルバートは理解できたようでマティアスの後を追い火口へと降り着いてきた。
マティアスは窪みの中心にそれを見つけると迷うこと無く抱き上げ呼びかけた。
「ヴィー! 大丈夫か?!」
それは真っ赤な髪をした赤子だった。しかし生まれたての人の子よりさらに一回り小さい。
「ヴィー! しっかりしろ!」
マティアスに呼びかけられたその赤子は薄っすらと目を開けた。
「……お前ら……なかなかやりおるの……」
蚊の鳴くような力のない声でバルヴィアは笑い答えた。
「マティアス! 何をしているの?!」
その時後から追ってきたセラフィーナが叫ぶ。
「そうだ! そんなものに触れるな!」
さらにクラウスは剣を抜いた。
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