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番外編: Homunculus [4]

「魔物の気配、感じないな」 「ええ。同感です。ここにあるのは陛下とウィルバート殿の気配だけじゃ」  クラウスとベレフォードは二人で顔を見合わせた頷き合う。 「気のせいか、夢を見てただけとか?」  マティアスが仰向けに寝たまま呟く。  その言葉にウィルバートはさらに声を荒げた。 「そ、そんなわけないっ! マティアスは俺が触ってきているって思ってたんだろうが、俺は白い靄がマティアスにのしかかってるのを見たんだ! そんな夢を二人同時に見るなんてその時点でおかしいだろう!」 「もしかして、ウィルバート殿の記憶の断片がまだ漂っているのではないか?」  クラウスが可能性の一つとして示したその言葉を聞き、マティアスがガバッと起き上がった。 「そ、そんなっ! ウィルの漂っている記憶がまだあるなんて! だとしたらきっと淋しくて出てきたんだ! ど、どうしようっ!」  マティアスは心底焦った様子でウィルバートに詰め寄ってくる。そう聞かれてもウィルバートは自分の記憶が欠けているか実感がない。 「うむ……。それとも違う気がしますぞ。……何か魔術の痕跡を感じますな」  ベレフォードがマティアスの身体に杖を向け、探るように魔術の光でなぞる。 「魔術? 何か呪いか?」  クラウスが不審そうに尋ね、ウィルバートはさらに不安になっていった。魔物でなく人間の何者かがマティアスの身体を魔術で蹂躙していたとしたら……そう考えると叫び出したいほどの不快感が襲ってくる。 「んん? 腹部に術の痕跡を強く感じますぞ。……これはっ、一回程度ではありませんな!」  すると杖からの光をマティアスの下腹部に当てながらベレフォードが声を荒げた。 「何層にも重なった魔術を感じます。ここまでの術となると日常的に接触している者の仕業ですぞ! 陛下、心当たりはございますか?」  ベレフォードの問いかけにマティアスは驚いたように固まり、そしてつぶやいた。 「に、日常的にかけた魔術……まさか……」  そしてマティアスはウィルバートを見つめ真っ赤に顔を染めた。ランプの薄明かりでも分かるほどに。ウィルバートはその反応で事態に気付き、片手て顔を覆った。 「あ、あれかぁぁぁ……」  吐き出されるウィルバートの盛大な溜め息。 「二人とも心当たりがあるようですな」 「なんだ、どう言うことだ?」  詰め寄るベレフォードとクラウス。  マティアスは寝室の入り口に顔を向けた。 「アーロン、ロッタ、マリアンナ。部屋へ戻ってくれ。もう問題ない。心配かけて済まなかった」  王のその言葉に反発出来るわけもなく、三人はお辞儀をして退出して行った。 「それで、どう言うことなんです?」  四人だけになった寝室でベレフォードがマティアスに問う。マティアスはおずおずと口を開いた。 「えっと、その、つまりだな……ウィルとの営みの後、中に出されたものを魔術で身に取り込んでて……」  マティアスは恥ずかしそうに事の顛末を説明した。  最初に術を使ったのは昨年の夏にウィルバートがマティアスに乱暴した時。それからバルテルニア王国で過ごした冬季、ほとんど毎日のように肌を合わせ、ウィルバートの精を身に取り込んできたこと。横で聞きながらウィルバートもまた羞恥心に苛まれていた。 「アハハハッ! ありえんっ! お前、男で子が宿せるとでも、お、思ってっ、いるのかっ?」  腹を抱えて大笑いし息も絶え絶えのクラウスにマティアスは声を荒げて反論した。 「お、思ってはおりませんっ! た、ただ……その……愛する者の種を、この身に取り込みたいと、思ってしまったのです……」  年下の叔父に笑われ屈辱に耐えるマティアス。強気に語りながらも後半は目を泳がせ俯いた。そんなマティアスにベレフォードが諭すように口を挟んだ。 「陛下……恐らくその術は人体錬成に近いものになってしまったと思われます。出現したのはウィルバート殿の分身の様なものでしょう」 「ウィルの分身なら問題はなかろう!」  マティアスが顔を上げてベレフォードとウィルバートの顔を様子をうかがうように交互に見る。ウィルバートは首を横に振りつぶやいた。 「いや、問題だろ……」  マティアスを犯していた魔物の正体が自身の分身だったとはなんとも複雑な気分だった。よくわからない魔物よりは格段にマシな気もするが、マティアスへの欲望がそのまま具現化したものを目の当たりにし、情けないやら恥ずかしいやら。 「陛下、人体錬成は禁忌の術です。人が人を造ることは男女の営み以外では許されないのです。意図せずされてしまったことと理解はしますが、判明した以上、今後は一切禁止です」 「えぇ〜」  ベレフォードの言葉にマティアスは子供のように反発の声を出す。ウィルバートはそんなマティアスにあきれつつもベレフォードに顔を向けた。 「ベレフォード様。この件は陛下の言葉に甘えてしまった私の落ち度です。今後はこのような無責任な行動はしないと誓います」  ウィルバートの言葉にベレフォードは頷き、クラウスは微かに鼻で笑い、マティアスは息を呑みウィルバートを睨んでくる。  事が解決したとしてベレフォードとクラウスは王の寝室から退出していった。マティアスは黙ったままだ。あからさまにむくれている。 「……マティアス」  ウィルバートは優しくその名を呼び俯くマティアスを抱きしめた。マティアスもまたウィルバートの背中に腕を回しきつくしがみつき、苦しげに声をだす。 「私は……私は、ウィルの全てが欲しいのだ。それの何がいけないんだっ」 「マティアス、俺もお前を愛してるよ。だからこそ自分のせいでお前が傷つくのは耐えられない」  ウィルバートの分身であるあの靄。それは理性を持っているかもわからない存在であり、マティアスにどんな不都合を与えてくるか予測ができないのだ。何より意図せず人体錬成を行っていたと言う事実。国王として禁忌の術に手を出すのは危険すぎる。マティアスもそれは理解はしているが気持ちがついていかない様子だった。 「……女に生まれれば良かった。そしたらウィルの子を宿せる」  マティアスのその言葉にウィルバートの心にはじんわりと温かさとせつなさが広がる。ウィルバートはマティアスの髪に口づけを落としつつ囁いた。 「マティアス。俺はどんなマティアスだって愛せる自信があるけど、今のマティアスが俺にとって一番魅力的だよ」  マティアスはウィルバートの胸に顔を埋め、グリグリと頬擦りをした。ウィルバートはマティアスの気が済むまで愛しいその身体を抱きしめ、髪と背中を撫で続けた。

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