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番外編: Homunculus [3]*

――その日の晩。 「んっ……あぁ……」  暗い寝室。天蓋の幕が下ろされた寝台の中に響くどことなく艶かしいその声にウィルバートは目を覚ました。 「……マティアス?」  寝ぼけ半分のウィルバートは隣で眠るマティアスを探る。昨晩は自分で今晩はマティアスが悪夢にうなされているのかと思った。 「はぁんっ! あんっ……カイぃっ……」  しかしマティアスから漏れるのはあからさますぎる喘ぎ声。しかもウィルバートを呼んでいる。二日と空けず肌を合わせているのに夢の中まで自分に抱かれているのかと思うと、顔がニヤけてしまう。 「マティアス〜」  これはもう一試合か、などと品の無い事を思いつつ、ウィルバートは起き上がり暗闇でマティアスを見た。 「マ、マティアス……?」  マティアスは虚ろに目を開けていた。  上掛けとローブが剥がれ、枕の端を両手で掴み、ウィルバートを受け入れる時と同じように脚を広げている。そんなマティアスの身体に白い煙のようなものが覆いかぶさっていた。それは大人の男くらいの大きさで、マティアスを犯しているように見えた。いや、どう見ても犯されている。 「なっ! 何だお前はっ!」  ウィルバートは自分の枕を持ち、その白い靄に叩き付けた。しかし枕はその靄を通り抜け、天蓋の柱に当たり落ちた。白い靄はただの煙のようにふわりと流れ、だがすぐにマティアスの身体の上に戻ってきた。 「やめろ! マティアスから離れろっ!」  今度は素手で掴みかかった。しかし全く掴みどころが無い。まさに霧や煙の様に実態が無いのだ。しかしマティアスの身体はその靄によって揺さぶられているかのように見えた。 「んっ、はぁんっ……あぁ、カイぃ……っ」  マティアスが焦点の定まらない視線をうっとりと靄に向けて喘ぐ。マティアスの内腿が人の手の形に凹みその手形はまるで撫で回すように這い回っている。 「マティアスっ! 起きろ! 俺じゃない!」  ウィルバートはマティアスの身体を横抱きにし、揺さぶり起こそう試みる。しかしマティアスは依然虚ろに目を開いたまま恍惚な表情を浮かべ喘ぐばかりだ。 「誰かっ! 誰か来てくれ!」  ウィルバートがマティアスを抱き締めたまま叫ぶとすぐにマティアスの騎士候補、マリアンナが寝室に駆け込んできた。 「いかがされましたかっ!」 「ベレフォード様を呼んでください! マティアスが魔物にっ!」  ウィルバートの言葉にマリアンナは急ぎ部屋を出ていった。 「マティアス! マティアスっ!」  ウィルバートはマティアスの頬を叩き必死に呼びかける。しかしマティアスは正気に戻る気配がなく、さらに白い靄はマティアスの身体にまとわりついてくる。 「あっ、あっ、あぁんっ」  脚を閉じさせ硬く抱き締めているのにもかかわらず、マティアスの身体が快感に喘ぎビクビクと震える。 「ああっ! マティアス、ダメだっ! それは俺じゃないんだっ!」  得体の知れない何かに犯され愛する者が絶頂を極めようとしている。ウィルバートが必死に止めるのも虚しく、マティアスはビクリと大きく身体を揺らした。 「んあぁんっ!」 「ま、マティアスっ……!」  マティアスの放った精がウィルバートのローブを汚す。  その途端、フワリと微かな風が流れるとその白い靄は暗闇に混じり消えた。それと同時にマティアスの身体からは力が抜けぐったりとウィルバートの腕に垂れかかった。 「マティアスっ! しっかりしろ!」  寝台に横たわらせ、震える手でその身体をゆすり呼びかける。マティアスは目を閉じただ眠っているようだった。  その時、数人の足音と共にベレフォードが寝室に入ってきた。 「ウィルバート殿! 魔物はっ!」  ベレフォードは天蓋の幕を開けながら杖を構え焦った口調で尋ねてきた。 「たった今、消えて! ベレフォード様、マティアスがっ!」 「ふむ……っ」  ベレフォードが杖かざすと一瞬で寝台内のランプが灯った。さらに杖からも金色を光が灯りマティアスを照らす。その眩しさからかマティアスが顔をしかめ「ぅんっ……」と呻きながら目を開けた。 「なっ、何……?」  マティアスはローブを掻き合わせながら驚いた様子で身を起こし辺りを見回している。寝台のすぐ横にはベレフォードが。さらに寝室の入り口にはマリアンナとロッタ、さらに騒ぎを聞きつけたらしいクラウスとアーロンの姿もあった。 「あぁっ、マティアス………!」 「ど、どうした? 何があった?」  ウィルバートはマティアスが目覚めた安堵と冷めない恐怖心とやり場のない怒りで混乱しながらもマティアスを抱き締めた。 「ウィルバート殿。どの様な魔物だったのです?」 「は? 魔物?」  ベレフォードの言葉にマティアスが驚きウィルバートを見てくる。 「白い靄のようなものがっ!……マティアスを、お、犯してて……っ」 「なっ、何言ってるっ……抱いてたのはウィルだろ?」  他の人間を意識し、マティアスは後半小声で確認してきた。 「マティアス……俺じゃないんだ……! 止めようとしたけどその靄に俺は触れられなかった。マティアスは目を開けてたけど、意識がここに無い感じで……っ」 「そ、そんなっ! 私がウィルをわからないはずがないっ!」  動揺するマティアス。  ウィルバートは胸の苦しさに顔をしかめて俯いた。目の前で魔物に愛する人を犯された。悔しさと何も出来なかった申し訳なさに涙が溢れそうになり、歯をきつく食いしばった。 「魔物など、この城には入れないだろう?」  そう言いながら寝台に近付いて来たのはマティアスの叔父のクラウス。 「と、殿方はこれ以上近づかないでいただきたいっ!」  魔物に伴侶を犯され殺気立っているウィルバートはクラウスに向って吼えた。今マティアスに近付けても良いと思える男は年老いたベレフォードでギリギリだ。 「はんっ、成人した三十近い男に私が欲情するとでも? しかも姉さまに瓜二つの甥だぞ」  ウィルバートの威嚇に近い忠告を無視してクラウスは寝台まで来た。確かにクラウスは実質十九歳の青年だがマティアスの実の叔父。渋々受け入れつつもマティアスの着ているローブを整え膝程度まで見えていた脚も隠す。  そんなウィルバートを気にすることなくクラウスはマティアスを覗き込むと手をかざしのマティアスの身体を調べ始めた。

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